短編小説

ふつうの水曜日

Ordinary Wednesdays


普通のことが出来なくなったときに、普通のことの幸せが。
誰かがいなくなったときに、誰かの必要さが。

全11章+エピローグ / 約28,500字

組 方

第一章

三崎奏と付き合いはじめて二年目の春、僕はペットボトルの蓋を開けるのが上手くなった。

といっても、握力が増したわけでも、コツを覚えたわけでもない。ただ、奏が差し出してくるのを受け取って、開けて、返す。その一連の動作が、体に馴染んだというだけの話だ。

「はい、透くん」

映画館のロビーでも、河原のベンチでも、彼女は当たり前みたいに麦茶のボトルを僕の手のひらに乗せた。僕が開けて渡すと、必ず「ありがとう」と言った。二年間、一度も省略しなかった。省略しない人なのだ、奏は。

「握力ないんだよ、ピアノ弾く人って」

と、彼女は言っていた。

「そうなの? むしろありそうだけど」

「ないの。力で押さえたら音が汚くなるから。指の重さだけで落とすの。ほら」

奏は僕の腕を取って、二の腕のあたりに人差し指をぽとりと落とした。ほんとうに、落とした、という感じだった。骨と皮の重さだけが、僕の腕に沈んだ。

「これで音が出るように、ずっと練習してきたわけ。だから蓋は開かない」

「理屈が通ってるんだかいないんだか」

「通ってます」

奏はそう言って笑った。前歯が少し大きくて、笑うと子どもみたいに見える。二十七歳の女性に対する感想としては失礼かもしれないけれど、僕はその笑い方がとても好きだった。

僕たちは、水曜日に会うことにしていた。

奏はピアノ教室の講師で、平日の夕方から夜にかけてが忙しい。土日は発表会だのコンクールの付き添いだので潰れることが多い。逆に僕は印刷会社の営業で、土日は休みだが、平日の夜は接待だの見積もりだのでよく遅くなる。二人の予定の隙間を突き合わせていったら、水曜日だけが残った。奏の教室は水曜が休みで、うちの会社は水曜がノー残業デーだった。

だから水曜日。

なんでもない曜日だ。週の真ん中で、祝日にもならないし、歌にもならない。花の金曜日みたいな呼び名もない。誰も水曜日に特別なことをしない。

でも、僕たちにとってはそれが良かった。特別じゃない日に会える相手というのが、いちばん一緒にいる相手なのだと思う。

水曜日の僕たちは、だいたい同じことをした。奏の教室の近くの定食屋で夕飯を食べて、川沿いを歩いて、どちらかの部屋で映画を半分だけ見て、寝落ちする。二人とも次の日は仕事だから、最後まで見たことはほとんどない。『ニュー・シネマ・パラダイス』を、僕たちは四回に分けて見た。

別れ際には、必ず言った。

「じゃあ、また明日」

明日は会わないのに。

最初に言い出したのは奏だった。付き合って三ヶ月くらいの頃、駅の改札の前で、彼女がそう言った。僕が「明日は会わないよ」と真面目に返したら、奏は少し困った顔をして、それから言った。

「さよならって言いたくないんだよね。明日も明後日もあるって思いたいから、また明日って言うの。だめ?」

だめじゃなかった。

それから僕たちは、次に会うのが一週間後でも、二週間後でも、別れ際に「また明日」と言うようになった。電話を切るときも、メッセージの最後にも。だんだん、それは挨拶ですらなくなって、もっと別の意味を持つようになった。何の意味かは、うまく言えない。ただ、言わないと落ち着かなかった。

その春の水曜日、僕たちは近所のスーパーで買い物をしていた。奏の部屋で鍋をやろうという話になって、豆腐とねぎと鱈を籠に入れて、飲み物のコーナーで奏が二リットルの麦茶に手を伸ばした。

伸ばして、そのまま、止まった。

「どうした」

「んー」

奏は自分の右手を見ていた。ボトルの首を握った指が、なんだか変な形をしていた。人差し指と中指はきちんと曲がっているのに、薬指と小指だけが、まっすぐ伸びたままだった。

「持てない」

「重いか」

「重いっていうか」

奏はもう一度握り直して、今度はちゃんと持ち上げた。二リットルのボトルが籠の中に落ちて、どすんと音がした。

「持てた」

「持てたじゃん」

「うん、持てた」

彼女は右手を閉じたり開いたりした。それから、なんでもないみたいに笑った。

「最近、握力ますますなくなってきたかも。歳かなあ」

「二十七で歳とか言うな」

「二十七はもう若くないんですよ」

僕は笑った。奏も笑った。

レジを出たところで、奏は麦茶を僕に差し出した。僕は蓋を開けて、ひとくち飲んで、彼女に返した。

「ありがとう」

その日のことを、僕はずっとあとになってから何度も思い返すことになる。あのとき僕はなんと言うべきだったのか、どうすべきだったのか、と。

でも、たぶん、答えはない。

あの日の僕にできたのは、蓋を開けることだけだった。そしてそれは、二年間ずっとそうしてきたことで、なんでもないことで、あまりにもふつうのことだった。

ふつうのことというのは、それが失われるまで、ふつうのままで通り過ぎていく。誰にも気づかれずに。

僕たちはその夜、鍋を食べて、映画を三十分だけ見て、寝た。眠る前に奏が「また明日」と言って、僕も「また明日」と言った。

その水曜日は、僕の記憶の中で、いちばんふつうの一日として残っている。

第二章薬指

最初におかしいと思ったのは、たぶん、去年の暮れだった。

でも、そのときはおかしいとは思わなかった。というより、思わないようにした、というほうが正確だと思う。人はそういうふうにできている。都合の悪いものは、ちゃんと目の端に置いたまま、見ない。

ショパンのノクターン第二番。生徒に模範演奏をするために弾いていて、右手のトリルが転んだ。

転ぶというのは、指がもつれて音が均等に鳴らなくなることを言う。中学生の生徒がやるならわかる。でも、私はこの曲を十四歳のときから弾いている。目をつぶっても、しゃべりながらでも弾ける。

私は指を止めた。

「せんせい、どうしたの」

目の前で咲希ちゃんが首をかしげていた。小学四年生。教室でいちばん練習してこない子で、いちばん耳がいい子だった。

「なんでもない。ちょっと指が冷えちゃったみたい」

「暖房ついてるよ」

「ついてても冷えるの。大人になるとね」

咲希ちゃんは納得しない顔をしたけれど、それ以上は訊かなかった。私はもう一度、頭からノクターンを弾いた。今度はきちんと弾けた。

だから、なんでもなかったのだ。そのときは。

次に気づいたのは、年が明けてすぐ。

薬指が、上がりきらない。

ピアノを弾く人間にとって、薬指はもともと厄介な指だ。中指と小指に腱で繋がっていて、単独では動かしにくい。だからみんな薬指のための練習をする。ハノンの、あの退屈な、指をひとつずつ独立させるための練習を、何年もかけてやる。

私はそれをやってきた。だから私の薬指は、私の言うことを聞くはずだった。

それが、上がらない。

正確に言うと、上げようと思ってから上がるまでに、一瞬の間があった。〇・二秒くらいの。誰にもわからない。録音しても、たぶんわからない。でも弾いている私にはわかった。命令と実行のあいだに、誰かが小さな石を置いていた。

私は毎朝、鍵盤の前でハノンを弾くようになった。中学生の頃に戻ったみたいに、真面目に。指が動かないのは、練習が足りないからだと思っていた。あるいは、疲れているからだと。

だって、そう思うでしょう。

二月に、箸を落とした。

実家で、母と鍋を食べていたときだった。豆腐をすくおうとして、箸がすとんと手から落ちた。持っていられなかった、のではなくて、持っているという感覚が、その瞬間だけなかった。

「あら、どうしたの」

「んー、すべった」

私は新しい箸をもらって、何事もなかったみたいに食べ続けた。母は特に気にしなかった。

その夜、実家の自分の部屋で、私は右手をひらいて、電気にかざしてみた。

親指と人差し指のあいだ、水かきのあたりの筋肉が、少しへこんでいた。左手と比べると、はっきりとわかった。何かがそこから、静かに減っていた。

私はそのとき、たぶん、知ったのだと思う。

知ったけれど、知らないことにした。私は二十七歳で、ピアノ教室に三十人の生徒がいて、透くんという恋人がいて、来年あたりには一緒に住もうかという話をしていて、そういう人生の途中にいた。途中の人間は、忙しい。忙しい人間は、自分の手のひらのへこみを見つめ続けることができない。

三月、スーパーで麦茶が持てなかった。

あのとき、透くんは何も言わなかった。「持てたじゃん」と笑った。私も笑った。

でも家に帰って、彼が先にお風呂に入っているあいだ、私はキッチンで、二リットルのボトルを何度も持ち上げていた。持てる。持てるけれど、持ち方を、指ではなく手首と腕で工夫している自分に気づいた。体が勝手に、できなくなったことを迂回しはじめていた。

私はボトルを流しに置いて、両手をカウンターについて、しばらくそのままでいた。

浴室から、透くんの鼻歌が聞こえていた。音程がひどく外れていた。彼は本当に音楽の才能がない。私が教えた八小節の練習曲を覚えるのに三ヶ月かかった。

その音痴な鼻歌を聞きながら、私は思った。

こわい。

次に思ったのは、こうだった。

この人に、こわいと言いたくない。

いま思えば、あそこが分かれ道だったのだと思う。私は彼に言うべきだった。手がおかしい、と。二年も一緒にいた人に、たった一言。

でも私は言わなかった。

どうしてかというと、言葉にしたら本当になってしまう気がしたから。それから、もうひとつ。彼が心配する顔を見たくなかったから。彼はやさしい人で、心配すると全部顔に出る。私はその顔に、自分の手の話をさせたくなかった。

馬鹿だった、と今なら思う。

黙っているというのは、優しさじゃない。ただの引き算だ。私は自分の恐怖を、彼と分けあう代わりに、一人で抱えて、そのぶん彼と自分のあいだに何もない場所を作った。

四月の水曜日、私はレッスン中に、生徒の手を叩いてしまった。

叩いたというか、正しい指の形を教えようとして手を伸ばして、コントロールを失って、ぶつかった。相手は小学一年生の男の子だった。びっくりして、泣いた。

「ごめんね、ごめん、先生、痛かったね、ごめんね」

私は彼を抱きしめて、何度も謝った。彼はすぐに泣きやんで、「だいじょうぶだよ」と言ってくれた。子どもは大人よりずっと寛容だ。

その子が帰ったあと、私は誰もいない教室で、ピアノの椅子に座っていた。日が落ちて、部屋が暗くなっても、電気をつけなかった。

鍵盤の蓋を閉めて、その上に両手を置いた。右手と左手を並べて。

右手が、ひとまわり小さくなっていた。

スマートフォンを取り出して、検索窓に文字を打った。「手 筋肉 やせる」。

出てきた候補の中に、聞いたことのない病名がいくつかあった。私はそのうちのひとつを開いて、最後まで読んだ。読み終えて、画面を消して、それから病院を予約した。

次の水曜日、透くんに会ったとき、私は何も言わなかった。定食屋でさばの味噌煮を食べて、川沿いを歩いて、彼の部屋で映画を四十分見て、寝た。

眠る前、彼が「また明日」と言った。

私も「また明日」と言った。

言いながら、明日という言葉が、生まれてはじめて、こわかった。

第三章白い部屋

奏から電話がかかってきたのは、六月の木曜日の午後だった。

水曜日ではない日に彼女から電話が来るのは、珍しいことだった。僕は取引先の駐車場で、車に乗り込むところだった。

「もしもし」

『あ、透くん。仕事中?』

「ちょうど移動中。どうした」

『あのね』

そこで、間があった。

電話越しの沈黙というのは奇妙なもので、相手の顔が見えないぶん、こちらの想像がその隙間を勝手に埋めてしまう。僕はその二秒くらいのあいだに、いくつものことを考えた。別れ話だろうか、とも思った。今から思えば笑い話だ。

『来週、病院に行くんだけど』

「病院?」

『うん。ちょっと、手がね、調子悪くて。それで、検査するんだけど』

「手」

『うん』

「いつから」

『……去年の暮れくらいから』

僕は運転席のドアに手をかけたまま、駐車場のアスファルトを見ていた。六月の日差しが、白く跳ね返っていた。

「半年前じゃん」

『うん』

「なんで言わなかった」

『言ったら、本当になっちゃうかなと思って』

僕は何か怒りに似たものを感じて、それをすぐに恥じた。怒る資格が僕にあるとは思えなかった。半年間、僕は毎週水曜日に彼女と会っていて、彼女の手のことに気づかなかった。麦茶のボトルを持てなかったあの日、僕は笑ったのだ。

「ついていく」

『え』

「病院。何時?」

『いいよ、そんな。検査だけだから』

「行く」

『……仕事は』

「有給ってものがあるんだよ、うちの会社にも」

電話の向こうで、奏が息を吸う音がした。それから、小さく、

『ありがとう』

と言った。いつもと同じ、省略しない「ありがとう」だった。

病院は、大学病院の神経内科だった。

紹介状を持っていくということは、最初にかかった病院の医師が、ここでないと診られないと判断したということだ。僕はその意味を、待合室のプラスチックの椅子に座りながら、少しずつ理解していった。

検査は長かった。筋電図というのをやるらしく、細い針を筋肉に刺して電気の流れを測るのだと奏は言っていた。「めちゃくちゃ痛いらしいよ」と、彼女は笑いながら言った。

「痛かったら手ぇ握ってあげるから」

「透くんの手を握れる場所じゃないんだよなあ、刺すの」

三時間近く待った。僕は待合室で、置いてある雑誌を三冊読んで、内容をひとつも覚えていなかった。

奏が出てきたとき、彼女の腕には絆創膏が何枚も貼られていた。

「終わった」

「痛かった?」

「めちゃくちゃ痛かった。あんなの二度とやりたくない」

彼女は笑って、僕の隣に座った。それから、僕の手を握った。左手で。

結果が出るまでに、二週間かかった。

その二週間の水曜日を、僕たちはいつも通りに過ごした。定食屋に行って、川沿いを歩いた。誰も検査の話をしなかった。

でも、川沿いを歩いているとき、奏が言った。

「透くん。もし、私が病気だったらどうする」

「治す」

「治らない病気だったら」

「治るまで待つ」

「だから、治らないんだって」

「じゃあ、治らないまま一緒にいる」

奏はしばらく黙って歩いていた。それから、

「そんなの、なんの解決にもなってないじゃん」

と言って、笑った。笑ったけれど、目のあたりが少し赤かった。

結果を聞く日、奏は「一人で行く」と言った。僕は「行く」と言った。三十分言い合って、結局、二人で行った。

診察室は白かった。

白い、という以外に言いようがない部屋だった。壁も、天井も、医師の白衣も、机の上の書類も。ただ、パソコンの画面と、シャウカステンに掛かった何枚かの画像だけが、暗い色をしていた。

医師は五十代くらいの男性で、声が低く、話し方が遅かった。話し方が遅い人というのは、悪い話をするのに慣れている人だ。あとになって、僕はそう思った。

彼はまず、検査の結果の話をした。筋電図の波形。血液検査の数値。頸椎のMRI。ひとつずつ、丁寧に、これは異常がありませんでした、これは異常が出ています、と説明した。

それから、少しだけ間を置いて、言った。

「進行性の、運動をつかさどる神経の病気です」

僕は隣の奏を見た。彼女は医師をまっすぐ見ていた。

「原因はまだ完全にはわかっていません。治療法も、進行を遅らせる薬はありますが、止める薬はありません」

「進行というのは」

と、僕は言った。自分の声が思ったより低くて、驚いた。

「手のあとに、何が起きるんですか」

医師は僕を見た。それから、奏を見た。

「三崎さん。ご本人にお伝えしてよろしいですか」

「はい」

「わかりました」

そして、医師は説明した。

僕はその説明を、いま、順番通りに再現することができる。何度も何度も、頭の中で繰り返したから。

まず、手の力が失われる。細かい動作から。字を書く、箸を持つ、ボタンを留める。

次に、腕が上がらなくなる。髪を洗う、服を着る、顔を洗う。

やがて、足に及ぶ。つまずくようになり、階段が難しくなり、杖が必要になり、車椅子になる。

そして、口とのどの筋肉が動かなくなる。飲み込むことが難しくなる。しゃべることが難しくなる。

最後に、呼吸の筋肉が動かなくなる。

医師は言った。

「感覚は、最後まで残ります。触られている感じ、温かい冷たい、痛い。それはわかります。頭も、はっきりしたままです。考えることも、感じることも、何ひとつ失われません」

僕はそこで、意味がわからなくなった。

「頭は、そのまま、なんですか」

「はい」

「じゃあ、体だけが」

「そうです」

白い部屋の中で、時計の音が聞こえた。

奏が、口を開いた。

「先生」

「はい」

「ピアノは、いつまで弾けますか」

医師は、少しのあいだ、答えなかった。

それは、答えを探していたからではなく、答えを言ってしまうことを、ためらっていたからだと思う。

「……進行の速さには、かなり個人差があります。ですから、はっきりとは申し上げられません」

「だいたいで」

「三崎さん」

「だいたいで、いいんです」

医師は、静かに言った。

「一年、二年。そのくらいで、演奏という形では難しくなる方が多いです」

奏は、うなずいた。

ゆっくりと、二回。まるで、レッスンで生徒に何かを説明された生徒みたいに、素直に。

「わかりました。ありがとうございます」

省略しない「ありがとう」だった。

診察室を出て、廊下を歩いて、エレベーターに乗って、一階のロビーを抜けて、駐車場まで、僕たちは一言もしゃべらなかった。

車に乗って、シートベルトを締めて、エンジンをかけて、僕は何もせずにハンドルを握っていた。

「透くん」

「うん」

「エンジン、かけっぱなし」

「うん」

「ガソリン、もったいないよ」

「うん」

僕は前を向いたまま、涙が出てくるのを、どうすることもできなかった。

拭かなかった。拭いたら、泣いていることを認めることになる気がした。

奏は僕を見ていた。そして、左手を伸ばして、僕の頬に触れた。

彼女の手は温かかった。感覚は最後まで残ります、と医師が言ったことを、僕はそのとき思い出した。

「透くん。あのね」

「うん」

「私、ひとつだけ、いいなと思ったことがある」

「なに」

「感覚が残るって。だから、最後まで、透くんの手があったかいのが、わかる」

僕はそこで声を出して泣いた。

二十九歳の男が、病院の駐車場で、車の中で、みっともなく泣いた。

奏はずっと、僕の頬に手を当てていた。彼女の右手は、もう、そこまで上がらなかったから、左手で。

第四章返却

告知から三週間後、私は透くんに別れを切り出した。

場所は、彼の部屋だった。水曜日で、私たちは餃子を焼いて食べたところだった。彼が焼いた餃子はいつも通り少し焦げていて、私はいつも通り「焦げてる」と言って、彼はいつも通り「香ばしいと言え」と言った。

皿を下げたあと、私は言った。

「透くん。別れよう」

彼はスポンジを持った手を止めて、こちらを見た。

「なんで」

「わかるでしょ」

「わからない」

「わかってよ」

「わからない」

彼は本当にわからないという顔をしていた。この人はときどき、こういう、腹が立つほど正直な顔をする。

私は用意してきた言葉を、順番に並べた。

これから私は、できないことが増えていく。歩けなくなる。食べられなくなる。しゃべれなくなる。最後は息もできなくなる。その全部を、あなたに背負わせることはできない。あなたは二十九歳で、仕事があって、まだ何にでもなれる。私といたら、あなたの三十代は、全部、私の看病で終わる。

そんなのはおかしい。

私は誰かの人生を、そんなふうに使わせるために生きてきたわけじゃない。

「だから、いまのうちに、返す」

「返す?」

「うん。透くんの人生を、透くんに返す」

私はそう言った。何日もかけて考えた言葉だった。うまく言えたと思った。

透くんは、洗い物の途中の手を、水で流した。それからタオルで拭いて、こちらに向き直った。

「奏」

「うん」

「それ、全部、俺のためって言ってるけど」

「うん」

「本当は、自分がこわいだけだろ」

私は、言葉に詰まった。

「俺に、だんだんできなくなっていくところを見られるのがこわい。世話をされるのがこわい。いつか俺が、しんどそうな顔をするのがこわい。だから、そうなる前に終わりにしたい。違う?」

違わなかった。

全部、その通りだった。

私は自分の口の中が乾いていくのを感じた。何か言い返そうとしたけれど、出てこなかった。彼はそういう人ではなかったはずだ。人の一番痛いところを、まっすぐ指すような人では。

でも、彼はそうした。

「奏。俺、正直に言うわ」

「うん」

「こわいよ。俺もこわい。あの日、先生の話聞いてから、毎晩ちゃんと眠れてない」

「……だったら」

「だったら、逃げていいってことにはならないだろ」

彼はテーブルの向かい側に座った。私の手を取ろうとして、途中でやめた。私が体を引いたからだ。

「奏、聞いて。俺、たぶんこれから、何回も嫌になると思う。しんどい顔もすると思う。ひどいことも言うかもしれない。俺はそんなに立派な人間じゃないから」

「それが嫌だって言ってるの」

「うん。でも、それでも、俺は奏といたい」

「なんで」

「なんでって」

彼は、少し考えた。この人はいつも、大事なことを言う前に少し考える。

「奏がいない人生を、俺が生きられると思う?」

私は、何も言えなかった。

「奏がいなくなった部屋で、俺が一人で飯食って、一人で寝て、それを毎日やって、それを『助かった、俺の人生は守られた』って思うと、本気で思ってる?」

「……思わない」

「だろ」

「でも」

「でもじゃない」

彼は、そこで、少し笑った。ひどく疲れた笑い方だった。

「奏はさ、自分がいなくなったあとの俺を、ずいぶん器用な人間だと思ってるよな」

その一言で、私は泣いた。

自分でもびっくりするくらい、急に、大きな声で泣いた。告知のあと、私は一度も泣いていなかった。診察室でも、車の中でも、家に帰ってからも、母に電話したときも。泣いたら、こわいと認めることになる気がして、ずっと堰き止めていた。

その堰が、彼のたった一言で、あっけなく壊れた。

私は彼の胸に顔を押しつけて、みっともなく、しゃくりあげて泣いた。彼は何も言わずに、私の背中に手を回していた。私は言葉にならない声で、いろんなことを言った。こわい、とか、いやだ、とか、なんで私なの、とか。ピアノが弾けなくなるのがいや、とか。

全部、彼にだけは言うまいと決めていたことだった。

どのくらいそうしていたかわからない。気がついたら私は泣きやんでいて、彼のTシャツの胸のあたりが、ひどいことになっていた。

「……ごめん。びしょびしょ」

「洗えばいい」

「洗濯できないでしょ、透くん。この前も色移りさせてたし」

「できるようになるよ、これから」

彼はそう言った。

そのときは、なんてことのない言葉だと思った。

できるようになる。

私が、できなくなっていく分だけ。

あとになって、私はこの言葉のことを何度も思い出すことになる。

第五章引っ越し

その年の九月、僕たちは一緒に住みはじめた。

僕の部屋でも、奏の部屋でもなく、新しい部屋を借りた。理由はいくつかある。ひとつは、二人分の荷物が入る広さが必要だったから。もうひとつは、奏のアップライトピアノが置けること。そして、いちばん大きな理由は、エレベーターがあって、段差が少なくて、風呂場が広い物件でなければならなかったからだ。

不動産屋で条件を伝えるとき、僕は少し迷った。

「あの、バリアフリーに近いというか、その、将来的に、車椅子でも動ける感じの」

担当の若い社員は、僕と奏を交互に見て、それから「ご両親と同居のご予定ですか」と訊いた。

「いえ」

「あ、失礼しました。えっと」

「私です」

と、奏が言った。あっさりと。

「私が、たぶん、そのうち車椅子になるので」

社員は一瞬固まって、それから深く頭を下げて、「かしこまりました。お探しします」と言った。とてもいい対応だったと思う。

部屋を出てから、僕は言った。

「よく、あんなにさらっと言えるな」

「言わないと物件出てこないでしょ」

「そうだけど」

「それにさ」

奏は、九月の日差しに目を細めながら言った。

「隠してるほうが、しんどいってわかったから。半年やってみて」

三軒目に見た部屋に決めた。二階建てのメゾネットではなく、五階建ての三階。エレベーターがあって、廊下が広くて、風呂に手すりをつけられる構造だった。南向きのリビングに、ピアノを置く場所があった。

引っ越しの日、僕たちは段ボールに囲まれて、床に座って、コンビニのおにぎりを食べた。

「透くん」

「うん」

「ひとつ、お願いがあるんだけど」

「なに」

「私が、できなくなったことを、いちいち悲しまないでほしい」

僕はおにぎりを飲み込んだ。

「それは、無理かも」

「無理でもやって」

「なんで」

「私が悲しむから」

奏はおにぎりを持ったまま、ピアノのほうを見ていた。まだビニールがかかったままのピアノを。

「私ね、これから、いろんなものを落としていくと思う。箸とか、コップとか、ピアノとか、歩くこととか。その全部で透くんが悲しい顔をしたら、私は、自分が落としたもので透くんを傷つけたことになるでしょ。それは、いや」

「……」

「だから、悲しむのは私の担当。透くんは、悲しむ以外の担当」

「悲しむ以外って、なに」

「そうだなあ」

奏は考えて、それから言った。

「できるようになる担当」

僕は彼女を見た。

「私ができなくなったこと、透くんができるようになる。それって、引き算じゃなくて、移動じゃない? どこにも減ってないでしょ」

「屁理屈だな」

「理屈です」

彼女はそう言って笑った。前歯が少し大きい、子どもみたいな笑い方で。

その夜、僕は生まれて初めて、まともに卵焼きを作った。

奏が横で口だけで指示を出した。菜箸はもう、彼女には持てなかった。

「もっと弱火。焦げるから」

「焦げてない」

「焦げてる。あー、焦げた」

「香ばしい」

「言うと思った」

真っ黒な卵焼きを二人で食べた。ひどい味だった。

奏は一口食べて、「うわ」と言って、それから笑いすぎて咳き込んだ。

「これ、砂糖入れた?」

「入れた」

「どのくらい」

「大さじ二」

「入れすぎ! 卵二個に大さじ二はケーキだよ!」

「甘いほうが好きなんだよ、俺は」

「知ってる。知ってるけど限度がある」

彼女はひとしきり笑って、それから、こう言った。

「じゃあ、砂糖はひとつまみ多め。それが透くんの分量ね」

僕はそれを、メモしなかった。

覚えていられると思っていた。

その夜、僕たちは新しい部屋の、まだカーテンもついていない窓から、街の灯りを見ていた。

奏が僕の肩に頭を乗せた。

「透くん」

「うん」

「また明日」

「まだ寝ないだろ」

「言いたい気分なの」

「はいはい」

僕は言った。

「また明日」

第六章できたことノート

同居をはじめて三ヶ月目に、私はノートを一冊買った。

正確に言うと、透くんに買ってきてもらった。文房具屋で、いちばんシンプルな、方眼のノート。私はもうペンを長く握っていられなかったけれど、短い言葉なら、まだ書けた。

表紙に、太いマーカーで書いた。

『できたことノート』

これは、私が考えたルールだ。

毎日、寝る前に、その日にできたことを書く。できなくなったことは書かない。書けるのは、できたことだけ。

最初のページには、こう書いた。

十二月三日(水) ・朝、一人で起きた ・歯をみがいた ・透くんの卵焼きを食べた(砂糖多い) ・咲希ちゃんのレッスン ・洗濯物をたたんだ(半分)

馬鹿みたいでしょう。歯をみがいた、なんて。

でも私は真面目にやった。というより、これは真面目にやるべきことだった。

人は普通、できたことを数えない。歯をみがいたことを一日の成果に数える大人はいない。当たり前だから。当たり前のことは、意識の下を素通りしていく。

それが、素通りしなくなる日が来る。

その日が来たときに、素通りさせてきた過去の全部を惜しんで泣くのは、たぶん、いちばん損な生き方だ。だから私は先に数えることにした。まだ全部できるうちから。

ノートは、分厚いものを買ってきてもらった。三年分は書けそうな厚さだった。

結果から言えば、それでも、少し余った。

年が明けるころ、書ける項目が変わってきた。

三月十八日(水) ・朝、一人で起きた ・歯をみがいた(電動) ・レッスン二人 ・透くんとスーパー ・お風呂(見守りあり)

電動歯ブラシは、透くんが買ってきた。手が動かなくてもいいように。「見守りあり」というのは、私が浴室で一人になれなくなったということだ。

それでも、私は「できたこと」として書いた。できたのだから。方法が変わっただけだ。

できないことは、書かない。それが、ルールだから。

同じ頃、私はもうひとつ、書きはじめたものがある。

ノートの後ろのページから、逆向きに書いていた。透くんには見せていない。

『とおるくんの できるようになったこと』

十一月 卵焼き(焦げなくなった)

十二月 洗濯(色物と白物を分けた)

十二月 シーツの交換

一月 私の髪を洗う(最初、目にシャンプーが入った)

一月 ボタン留め

二月 だし巻き卵(まだ甘い)

二月 爪切り

三月 私を抱えて起こす(腰を痛めた)

三月 訪問看護の人と敬語で話す

こちらのページは、増えていくばかりだった。

前から書いていくページと、後ろから書いていくページ。ノートの真ん中で、いつかこの二つはぶつかるのだろうと思った。

だから、これは私だけの計算だ。

私が一つ落とすたびに、彼が一つ拾う。落ちたものは、床に散らばったままではなくて、ちゃんと彼の手の中にある。そう考えれば、この家の中で失われたものは、実は、何もない。

誰にも言わなかったけれど、その考え方だけが、私をあの冬、生かしていたと思う。

できなくなったことの話も、少しだけしておかないと、フェアじゃない。

最初につらかったのは、字だった。

私は字を書くのが好きだった。生徒のレッスンノートに、毎回、一言ずつ書いていた。「今日のトリル、きれいでした」とか「左手、もうちょっとだけ我慢」とか。三十人分。それをやめたときが、いちばん最初の、はっきりした喪失だった。

次が、髪だった。

自分で結えなくなった。ゴムに手が届かない。透くんが結ってくれるようになった。彼のポニーテールは信じられないほど下手で、いつも左に寄っていた。

それから、靴下。

ボタン。

トイレの、ある動作。

その話をここに書くのは、やっぱり、少しだけ、いやだ。

あの日のことは覚えている。私は透くんを呼んだ。呼ぶまでに十分かかった。呼んで、彼が来て、彼は何も言わずにやってくれた。終わったあと、私は彼の顔を見られなかった。

彼は、私の頭を一回だけ撫でて、こう言った。

「今日のごはん、何にする」

その言い方が、あまりにも、なんでもない言い方だったので、私は救われた。

あとから知ったのだけれど、彼はその夜、ベランダで泣いていたらしい。私が寝たあと、一時間くらい。

教えてくれたのは、訪問看護師の宮川さんという人だった。五十代の、遠慮のない人だった。

「宮下さん、ベランダで泣いてましたよ」

「え」

「昨日の夜。私、忘れ物取りに戻ったら、ベランダで背中丸めてね。声かけようか迷ったけど、やめました」

「……そうですか」

「奏さん」

「はい」

「あれ、いい涙ですよ。あなたに見せない場所で泣くって、あの人なりの仕事なんだから。取り上げないであげてね」

私は、うなずいた。

その夜、私は彼に何も言わなかった。ただ、いつもより長く、彼の手を握っていた。

彼の手は、あいかわらず、大きくて、温かかった。

感覚は、最後まで残ります。

あの医者の言葉を、私はこの一年で、何百回も思い出した。最初は、なんて残酷な病気なんだろうと思った。全部わかったまま、全部が動かなくなっていく。

でも、途中から、考えが変わった。

これは、たぶん、そういうふうにできているのだ。

最後に残るのが「触れられている」という感覚だというのは、悪い設計ではない。むしろ、よくできている。人間の体は、いちばん最後まで、誰かに触られていることだけを、ちゃんと感じられるようにできている。

私はそう思うことにした。

四月のある水曜日、朝から雨が降っていた。

私はベッドの中で目を覚まして、天井を見ていた。となりで透くんが寝ていた。彼は寝相が悪くて、掛け布団をいつも半分持っていってしまう。

私は左手を伸ばして、彼の頬に触れた。右手はもう、上がらなかった。

彼が薄く目を開けた。

「……なに」

「起きて」

「何時」

「六時」

「早いって」

「起きて」

「なんで」

「なんとなく」

彼はうめきながら体を起こして、目をこすった。寝癖がひどかった。

「なんとなくで起こされた」

「うん」

「用件は」

「用件はない」

「じゃあ寝る」

「だめ」

彼はもう一度うめいて、それから、諦めて、ベッドの上に座り直した。

雨の音がしていた。カーテンの隙間から、灰色の光が入っていた。

「透くん」

「うん」

「私、今日、まだ何もできてないけど」

「うん」

「今日のノート、これ書こうと思う」

「なにを」

「透くんを起こした」

彼はしばらく黙っていた。

それから、ふとんの上に手を伸ばして、私の左手を握った。

「じゃあ、俺のほうにも書いといて」

「なに」

「起きた」

私は笑った。

その日の日付のところに、私は左手で、ゆっくりと、二行書いた。

四月十日(水) ・透くんを起こした

そして、ノートの後ろのページに、一行足した。

四月 起きた

第七章夜の台所

人がどこまで持つか、という話をしたい。

あまりきれいな話ではない。でも、この話を抜かして僕たちのことを語るのは、たぶん、嘘になる。

その年の梅雨、僕は限界だった。

朝は五時半に起きて、奏の体位を変えて、着替えを手伝って、朝食を作って食べさせて、薬を飲ませて、訪問看護の人が来る時間まで見て、それから会社に行った。仕事は減らしてもらったけれど、営業という仕事は、減らすと成績が減る。成績が減ると、収入が減る。収入が減ると、介護用品が買えない。

夜は七時までに帰って、夕飯を作って、食べさせて、風呂に入れて、寝かせて、洗濯をして、翌日の準備をして、寝るのは一時を過ぎた。夜中に二回、体位を変えるために起きた。

睡眠時間は四時間を切っていた。

僕はそれを、一年近く続けていた。

六月のある夜、僕は台所で、皿を割った。

ただの事故だった。手が滑って、洗っていた茶碗が流しの縁に当たって、割れた。破片が飛んで、指を少し切った。

僕はその破片を、拾わなかった。

流しの前に立ったまま、動けなくなった。血が指から流れて、白い破片の上に落ちた。

リビングのほうから、奏の声がした。

「透くん? なんの音」

僕は答えなかった。

「透くん?」

答えられなかった。

口を開いたら、何を言ってしまうかわからなかった。

「透くん。だいじょうぶ? なにか割れた?」

僕は、言った。

「うるさい」

自分の声だった。

台所は静かになった。リビングも静かになった。冷蔵庫のモーターの音だけがしていた。

僕は自分が言った言葉を、頭の中で反芻して、そして、体が冷たくなっていくのを感じた。

うるさい。

彼女に。

自分では何ひとつできなくて、僕を呼ぶ以外に何もできない彼女に。

僕はその場にしゃがみこんだ。

どのくらいそうしていたかわからない。たぶん、五分か、十分。

リビングから、音がした。

がたん、という、何か重いものが動く音。それから、ずるずると、何かを引きずる音。

僕は跳ね起きて、リビングに走った。

奏が、床にいた。

リクライニングの椅子から落ちて、うつぶせに倒れて、腕の力だけで台所のほうへ這おうとしていた。腕の力なんて、もう、ほとんど残っていないのに。彼女は五センチくらいしか進めていなかった。それでも、進もうとしていた。

「奏!」

僕は駆け寄って、彼女を抱き起こした。

彼女の額が擦れて、赤くなっていた。眼鏡が飛んで、床の向こうに転がっていた。

「なんで、なんでこんな」

「透くんが」

彼女は、息を切らして、言った。

「透くんが、返事しないから」

僕はそこで、崩れた。

彼女を抱いたまま、床に座り込んで、声をあげて泣いた。この一年で、彼女の前で泣いたのは、二度目だった。

「ごめん。ごめん、奏。ごめん」

「いいよ」

「よくない。俺、いま、ひどいこと言った」

「言った」

「ごめん」

「うん」

彼女は僕の胸に頭を預けたまま、しばらく黙っていた。それから、言った。

「透くん。ちゃんと聞いて」

「うん」

「私、ずっと、こわかったことがあるの」

「うん」

「いつか透くんが、私のことを、荷物だと思う日が来るんじゃないかって」

「思ってない」

「最後まで聞いて」

彼女は、床の一点を見ていた。

「でもね、今日、透くんが『うるさい』って言ったとき、私、ちょっとほっとしたの」

「……なんで」

「だって、ずっと言わないでいてくれてたから。透くん、一年間、一回も、しんどいって言わなかったでしょ」

僕は、言葉が出なかった。

「私、それがいちばんこわかった。この人、いつか壊れるって思ってた。私のせいで、壊れて、それで、私は自分がその原因だってわかってるのに、何もできないまま見てるしかないんだって」

彼女の声は、そのとき、少しずつ、聞き取りにくくなりはじめていた。のどの筋肉が、弱くなりはじめていたのだ。

「だから、言って。しんどいって」

「奏」

「言って。お願い」

僕は、言った。

「しんどい」

「うん」

「しんどい。もう、無理かもしれない。寝てない。会社でミスばっかりしてる。この前、駅のホームで、電車が入ってくるの見ながら、このまま全部終わったら楽かなって思った」

「うん」

「思ったあと、そんなこと思う自分が最低だと思って、それも、しんどい」

「うん」

「奏がいてくれてよかったって思ってるのは、本当なんだ。本当なんだけど、同時に、しんどい。両方本当なんだよ。どっちかが嘘じゃないんだ」

「知ってる」

彼女は言った。

「そういうもんだよ、たぶん」

その夜、僕たちは初めて、これからの話を、現実的な言葉でした。

訪問介護の回数を増やすこと。ショートステイを使うこと。僕が会社の制度を使って時短にすること。奏の母親に、月に何度か来てもらうこと。そして、いずれ来る「呼吸をどうするか」の選択について、そろそろ考えはじめること。

全部、それまで、二人とも避けていた話だった。

「透くん」

「うん」

「私、これからもっとひどくなるよ」

「知ってる」

「もっとひどいこと言うかも」

「言えばいい」

「透くんも言っていいよ」

「言う」

「うん。言って」

僕はうなずいた。

「あとね」

と、彼女は言った。

「皿は、割っていい。あれ、二人で百均で買ったやつだから」

僕は笑った。泣きながら笑った。ひどい顔をしていたと思う。

「あと、指、切ってる。血、出てる」

「あ」

「ばんそうこう、洗面所の下」

「はい」

「取ってきて、私に見せて。見るだけしかできないけど、見るから」

僕はばんそうこうを取ってきて、彼女の目の前で、自分の指に貼った。

彼女はそれを、真剣な顔で、最後まで見ていた。

その夜のノートに、彼女はこう書いた。もう字は書けなかったから、口で言って、僕が代わりに書いた。

六月二十六日(水) ・透くんに、しんどいって言わせた

僕はそれを書いて、それから、彼女に見えないように、ノートの後ろのページを開いた。

彼女がずっと、後ろから何か書いていることは、知っていた。中身を見たことはなかった。

その夜も、見なかった。

ただ、後ろのページと、前のページの隙間が、思ったより少なくなっていることに、僕は気づいた。

第八章最後のレッスン

ピアノ教室を閉じたのは、その年の八月の終わりだった。

生徒はもう、三人しか残っていなかった。私が弾けなくなってから、口だけで教えるレッスンに切り替えて、それでもついてきてくれた三人。

最後の一人は、咲希ちゃんだった。

小学四年生だった彼女は、六年生になっていた。背が伸びて、髪を短く切って、あいかわらず練習をしてこなくて、あいかわらず耳がよかった。

最後のレッスンの日、彼女は課題曲を弾いた。ブルグミュラーの「別れ」。

私が選んだわけじゃない。彼女が自分で選んできた。

「なんでこの曲にしたの」

私は訊いた。声はもう、かなり聞き取りにくくなっていた。ゆっくり、区切って話さないと伝わらない。

咲希ちゃんは、鍵盤を見たまま言った。

「べつに。なんとなく」

「うそ」

「うそじゃないよ」

「先生には、わかります」

彼女は、少しのあいだ黙って、それから、ぼそっと言った。

「……先生に、ちゃんとお別れしないと、ずっと先生のこと待っちゃうから」

私は、何も言えなかった。

小学六年生というのは、私が思っているより、ずっと大人だ。

「弾いて」

「うん」

彼女は弾いた。

左手の伴奏が少し走って、中間部で音を間違えて、最後のページで、明らかに練習不足のところがあった。でも、彼女の音は、きれいだった。この子の音は、最初のレッスンのときから、ずっときれいだった。

弾き終わったあと、彼女は手を膝に置いて、じっとしていた。

「咲希ちゃん」

「はい」

「五十九点」

「えー!」

「途中、走った。左手。あと、二十三小節目、ファのシャープ」

「うそ、間違えた?」

「間違えました」

「……ちぇっ」

彼女は口をとがらせた。私は笑った。笑うと、最近は少しむせる。

「でもね」

「うん」

「最後の、いちばん最後の三小節」

「うん」

「あそこは、百点」

咲希ちゃんは、顔を上げた。

「あそこだけ、咲希ちゃんの音だった。ほかは、楽譜の音。最後だけ、咲希ちゃんの音だった」

「……ちがいがわかんない」

「今はわかんなくていい。大人になったらわかる」

「先生」

「はい」

「わたし、ピアノ続ける」

「うん」

「先生じゃない先生に習っても、続ける」

「うん」

「だから、それだけ、言いたかった」

彼女はそう言って、それから、椅子から降りて、私のほうを向いて、深くおじぎをした。

「ありがとうございました」

私は、言った。省略しないで、はっきりと。

「こちらこそ、ありがとう」

その日の夜、私は透くんに頼んだ。

「ピアノ、弾きたい」

彼は、少し驚いた顔をした。私が最後にピアノに触ったのは、半年以上前だった。

彼は私を車椅子から抱えて、ピアノの椅子に座らせた。私はもう、一人では座っていられなかったので、彼が後ろから支えた。

鍵盤の蓋を開けてもらった。

白と黒の並びを、私は上から見た。

十四歳のときからずっと見てきた景色だ。私はこの並びの前で、人生のほとんどの時間を過ごしてきた。腹が立ったときも、失恋したときも、母と喧嘩したときも、ここに座った。

右手は、もう、上がらなかった。

左手を、鍵盤の上に乗せてもらった。

人差し指を、ゆっくりと、下ろした。

ド。

音が、鳴った。

部屋いっぱいに、一つの音が広がって、それから、ゆっくり消えていった。

私は、その音を、最後まで聴いた。

それから、次の音を押した。

ソ。

ミ。

ド。

私が作った、八小節の練習曲だった。教室の一番小さい子たちのために作った、右手だけで弾ける、単純な曲。楽譜も書いていない。頭の中にしかない。

子どもたちは、その曲を「水曜日のうた」と呼んでいた。水曜日が休みの教室で、なぜか水曜日のうた。誰が言い出したのかも忘れた。

私は、一音ずつ、ゆっくり、それを弾いた。

テンポなんてめちゃくちゃだった。音と音のあいだに、二秒も三秒も空いた。指が落ちるまでに時間がかかるからだ。

でも、私は八小節を、最後まで弾いた。

弾き終わって、私は手を鍵盤の上に置いたままにした。

背中で、透くんが泣いているのがわかった。彼は声を出さなかったけれど、支えている腕が震えていた。

「透くん」

「……うん」

「悲しむの、私の担当」

「わかってる」

「泣いてるでしょ」

「泣いてない」

「うそつき」

私は言った。

「透くん。この曲、覚えて」

「え」

「八小節だけだから。覚えて」

「無理だよ。俺、音楽できないもん」

「三ヶ月かけていいから」

「奏」

「弾けるようになったら」

私は、そこで、少し息を吸った。息を吸うのも、そのころには一仕事だった。

「弾けるようになったら、私に聴かせて」

彼は、しばらく黙っていた。

それから、はっきりと言った。

「わかった」

その夜、私は彼に、口で音を伝えた。ドソミド、ドソミレ、と。彼はスマートフォンに録音した。何度も何度も、私の下手な、かすれた声で。

あとから知ったことだけれど、彼はその録音を、そのあと、何年も消さなかった。

そして、彼がその曲を、間違えずに最後まで弾けるようになるまでには、思っていたよりずっと長い時間がかかった。

その時間は、私にとっては、少しだけ、長すぎた。

第九章水曜日の結婚式

入院したのは、十一月の初めだった。

肺炎だった。飲み込む力が弱くなると、食べ物や唾液が気管に入る。それで肺炎になる。この病気の人が、いちばん多く経験する入院の理由だと、宮川さんが教えてくれていた。

肺炎は、二週間で治った。

でも、退院はできなかった。

入院しているあいだに、呼吸の筋肉が、はっきりと落ちた。自力で吸える息の量が、家にいたときの半分以下になっていた。夜は機械の助けを借りないと眠れなくなった。鼻に当てるマスク型の、非侵襲の人工呼吸器というやつだ。

主治医から、話があった。

このまま進んだ場合、いずれ、マスクでは足りなくなる。そのとき、のどに穴を開けて管を入れる「気管切開」をするかどうか。それをすれば、呼吸は機械が完全に代行するので、その先も生きられる。ただし、声は失われる。そして、二度と外せない。

しないという選択も、あります。医師はそう言った。

その話を聞いた日の夜、僕は病室で、奏と二人になった。

彼女は、もう、長い文章を話せなかった。単語を、ひとつずつ、区切って出す。それを僕が推測して、確認する。そういう会話になっていた。

「透、くん」

「うん」

「けっ、こん、しよ」

僕は、彼女の顔を見た。

彼女は、いたずらを思いついた子どものような目をしていた。

「いま?」

「いま」

「なんで、いま」

彼女は、少し時間をかけて、言った。

「みょう、じ、が。ほし、い」

「苗字」

「うん」

「宮下奏、ってこと」

「うん」

僕はそのとき、はじめて、彼女が何を考えているのかがわかった気がした。

彼女はずっと、自分が「返す」と言っていた。僕の人生を、僕に返すと。

でも、いま、彼女は僕から何かをもらおうとしている。

それは、彼女が僕の人生に、自分の痕跡を残していいと、はじめて自分に許したということだった。

「奏」

「うん」

「俺、指輪買ってない」

「いい」

「式もできない」

「いい」

「かっこ悪いプロポーズだな、これ」

「うん、かっこ、わるい」

彼女は笑った。笑って、少しむせて、僕は背中をさすった。

「じゃあ、俺から言う」

僕は、彼女の左手を取った。彼女の手は、細くなっていた。指の関節だけが目立った。二年前、麦茶のボトルを持ち上げようとして持てなかった、あの手だ。

「三崎奏さん」

「はい」

「結婚してください」

彼女は、うなずいた。

ゆっくりと、二回。あの、白い診察室で医師の言葉にうなずいたときと、まったく同じうなずき方で。

「はい」

婚姻届は、次の水曜日に出した。

証人の欄には、彼女の母親と、訪問看護師の宮川さんが名前を書いた。宮川さんは「私でいいの、こんなおばさんで」と言いながら、いちばんきれいな字で書いてくれた。

病院の食堂で、ささやかな会をやった。看護師さんたちが勝手に企画してくれた。紙の輪飾りと、風船と、病院の売店で買ってきたケーキ。

奏は、ケーキを食べられなかった。もう、その形状のものは飲み込めなかった。かわりに、生クリームを、ほんの少し、指先につけて舐めた。

「あま、い」

と、彼女は言った。

「うん」

「とおる、くんの、たまご、やき、より」

「あれよりは甘くないだろ」

「あれ、は、ケーキ」

みんなが笑った。

彼女の母親が、途中で席を立って、廊下で泣いていた。僕は追いかけなかった。宮川さんが行ってくれた。

夕方、人がいなくなった食堂で、僕たちは二人で窓の外を見ていた。

十一月の、早い夕暮れだった。病院の駐車場の向こうに、川があって、その向こうにマンションが並んでいて、灯りがひとつずつ点きはじめていた。

「透くん」

「うん」

彼女は、ひとつずつ、単語を出した。

「きょう、は」

「うん」

「すい、よう、び」

「そうだね」

「なんでも、ない、ひ」

「うん」

「いち、ばん、いい」

僕は、彼女の車椅子のハンドルを握ったまま、うなずいた。

「奏」

「うん」

「俺たち、水曜日ばっかりだな」

「うん」

「出会ったのも水曜だった」

「うん」

「結婚したのも水曜だ」

「うん」

彼女は、少し笑って、それから、言った。

「まだ、あと、いっぱい、ある」

あと、いっぱい。

僕はその言葉を信じたかった。

実際には、そのとき、あと十九回の水曜日が残っていた。

第十章

声が出なくなったのは、二月のことだった。

ある朝、目が覚めて、透くんの名前を呼ぼうとして、息が漏れる音だけが出た。

その日から、私の言葉は、文字盤になった。

透明な、アクリルの板。五十音が書いてある。私と彼が板をはさんで向かい合って、私が言いたい文字を見る。彼は、私の目がどこを見ているかを、板の反対側から読む。

最初のうちは、一文字読み取るのに三十秒かかった。

三日目で十秒になった。

一週間で、彼は私が「あ」を見た瞬間に「あ」と言えるようになった。

この人は、勉強はできないくせに、こういうことだけ、異様に早く覚える。

まばたき一回が「はい」。二回が「いいえ」。

これが、私たちの新しい言葉になった。

声を失って、私が最初に思ったのは、意外なことに、悲しみではなかった。

思ったのは、「まだある」だった。

目が見える。耳が聞こえる。皮膚がある。考えられる。覚えていられる。彼のことが好きだと思える。

全部、ある。

できなくなったことを数えれば、たぶん、両手の指では足りない。でも私のノートには、できたことしか書かないと決めていた。だから私はその日も、こう書いてもらった。

二月十二日(水) ・文字盤で、透くんと五十文字しゃべった

世界は、だんだん、小さくなっていった。

病室の天井の、しみの形を、私は覚えてしまった。犬の顔に見えるやつと、九州の形に見えるやつがある。

窓からは、駐車場と、その向こうの川が見えた。川は、日によって色が違う。曇りの日は鉛色で、晴れた日は白く光って、夕方はオレンジになる。私はそれを、一日中見ていられた。二年前の私だったら、退屈で気が狂ったと思う。

でも、いまの私には、川の色が変わるのは、じゅうぶんに大きな出来事だった。

時間が、伸びた。

これは、この病気になって知ったことのひとつだ。

できることが減ると、時間が伸びる。一日が、とてつもなく長くなる。昔の私は、一日にたくさんのことを詰め込んで、その全部を半分ずつしか味わっていなかった。レッスンをしながら次の生徒のことを考えて、ごはんを食べながらスマホを見て、透くんと歩きながら明日の仕事を考えていた。

いまの私は、一つのことしかできない。

だから、一つのことを、全部、味わう。

透くんの足音が廊下の向こうから近づいてくる、その二十秒くらいのあいだ、私はほかに何もしない。ただ、その音を聞いている。

二十秒を、まるごと。

あんなに幸せな二十秒を、私は、健康だったころ、一度も持っていなかった。

三月に入って、私は夜、眠るのがこわくなった。

息が浅くなっていた。マスクをつけていても、朝までもたない日が増えていた。目を閉じるのが、少し、こわかった。

だから私は、毎晩、透くんに文字盤で言った。

ま、た、あ、し、た。

五文字。五文字を伝えるのに、最初のころは五十秒かかった。二月の終わりには、十五秒で伝わるようになった。三月には、私が「ま」を見た瞬間に、彼が全部言ってくれるようになった。

「またあした、だろ」

私は、まばたきを一回する。

はい。

それが、私たちの、一日の終わりの儀式だった。

三月の第三週、母が来た。

母は、私の手を握って、いろんな話をした。私が三歳のときに、ピアノの前から離れなかった話。中学のとき、コンクールで落ちて、家に帰ってから三日間口をきかなかった話。父が死んだ日に、私が葬式でピアノを弾いた話。

母は泣かなかった。

最後に、母は言った。

「奏。あんた、いい人と一緒になったねえ」

私は、まばたきを一回した。

母は笑って、「返事が早い」と言った。

母が帰ったあと、私は透くんに、文字盤でお願いをした。

あ、の、ノ、ー、ト、の、う、し、ろ

彼は首をかしげた。

「後ろ?」

まばたき一回。

「後ろのページ、なんかあるの」

まばたき一回。

「見ていいの?」

私は、まばたきを二回した。

いいえ。

「まだ、だめ?」

まばたき一回。

「じゃあ、いつ」

私は、文字盤の上を、ゆっくり視線で辿った。

い、つ、か

「いつか」

まばたき一回。

彼は、それ以上、訊かなかった。

この人のこういうところを、私は本当に、好きだったと思う。

三月二十五日。

水曜日だった。

その日の朝、私は自分の体が、いつもと違うことに気づいていた。

うまく言えない。痛いわけでも、苦しいわけでもない。ただ、体のどこか、いちばん深いところにあった錘のようなものが、すこし軽くなっているような感じがした。

窓の外は、晴れていた。

川が、白く光っていた。

午前中に看護師さんが来て、体位を変えてくれて、髪をとかしてくれた。宮川さんではない、若い看護師さんだった。彼女は「今日はあったかいですね」と言った。私はまばたきを一回した。

昼過ぎに、透くんが来た。

彼は、会社を早退してきたらしかった。ネクタイが曲がっていた。

「奏」

まばたき一回。

「今日、なんか、来なきゃいけない気がして」

彼は椅子を引き寄せて、座って、私の左手を握った。

彼の手は、大きくて、温かかった。

感覚は、最後まで残ります。

あの白い部屋で聞いた言葉を、私はもう一度思い出した。

本当だった。

私はもう、指一本動かせなかったけれど、彼の手のひらの温度も、指のかたい部分も、少し汗ばんでいることも、全部わかった。

わかる、ということが、うれしかった。

午後の光が、ベッドの上を、ゆっくり移動していった。

彼は、いろんな話をした。会社の話。宮川さんが今度、孫が生まれるらしいという話。うちのマンションの前の桜が、もう咲きそうだという話。

それから、少し照れくさそうに、こう言った。

「あのさ。まだ、内緒なんだけど」

私は、彼を見た。

「例のやつ、もうちょっとで、いける」

例のやつ。

私は、それが何かをすぐにわかった。

八小節。ドソミド、ドソミレ。

「今、六小節目まで、間違えない。残り二小節。あとちょっと。だから」

彼は、そこで、言葉を切って、それから言った。

「もうちょっとだけ、待ってて」

私は、まばたきを一回した。

はい。

待つ。

いくらでも待つ。私にはもう、待つことしかできないし、待つことなら、誰よりもうまくなった。

夕方になった。

川がオレンジになって、それから、灰色になって、そのあと、見えなくなった。

窓の外にマンションの灯りがひとつずつ点きはじめた。私はそれを、彼の手を握られたまま、見ていた。

息が、少し、しづらかった。

でも、こわくはなかった。

なぜかというと、この日、私は、伝えたいことがひとつあったからだ。

それを伝えるまでは、だいじょうぶだと思っていた。

「またあした」ではない言葉を、私はその日、彼に言うつもりだった。ずっと考えていた。何日もかけて、文字数を減らして、いちばん短くて、いちばん全部が入っている言葉を探していた。

やっと見つけたのが、その日だった。

私は、目を動かした。

文字盤を、と伝えるために。

彼は気づいて、板を持ち上げて、私の顔の前にかざした。

「なに」

いつもの、彼の声だった。

私は、板の向こうの彼の顔を見た。

この人の顔を、私は、最初に見た日から、何千回見ただろう。麦茶の蓋を開けているときの顔。焦げた卵焼きを出してくるときの顔。診察室で泣くのをこらえていた顔。台所でしゃがみこんでいた背中。私のピアノを後ろから支えていた腕。

全部、覚えている。

私は、視線を動かした。

最初の一文字を、探して。

第十一章開いてしまう

その日の夕方、奏が文字盤を求めた。

僕は板を彼女の顔の前にかざして、いつものように、彼女の目を見た。

彼女の視線が、板の左下のあたりで止まった。

「ま」

僕は言った。

彼女は、まばたきを一回した。

僕は、次の文字を待った。

待った。

彼女の目が、動かなかった。

視線が、板の上を探しているのはわかった。行こうとしているのもわかった。でも、届かない。眼球を動かす筋肉にも、その日はもう、力が残っていなかった。

彼女の目は、「ま」のあたりを、ゆっくりと、揺れていた。

僕は板を持ったまま、何も言わずに待った。

一分。

二分。

彼女の目に、涙が浮かんだ。

そのとき、僕は、彼女が何かを伝えようとして、伝えられずにいることに、耐えられなくなった。

だから僕は、彼女の代わりに、言ってしまった。

「またあした、だろ」

彼女は、僕を見た。

そして、まばたきを、一回した。

はい。

僕は、板を下ろした。彼女の左手を、両手で包んだ。

「うん。また明日」

彼女は、もう一度、まばたきをした。

僕はそのとき、自分がとても正しいことをした気がしていた。

彼女の言葉を先回りして、代わりに言ってあげた。ずっと、僕はそうしてきた。蓋を開けて、髪を結って、体を起こして、言葉を継いだ。それが僕の役目だった。

あの日、僕は、彼女の最後の言葉を、代わりに言ってしまった。

それがどういうことだったのかを知るのは、二ヶ月後のことだ。

夜の十時過ぎに、彼女の呼吸が浅くなった。

アラームが鳴って、看護師が来て、当直の医師が来て、僕は廊下に出るように言われて、断った。断ったら、部屋の隅にいることを許された。

処置が続いた。

僕は壁際に立って、それを見ていた。何もできなかった。この二年、僕は彼女のためにいろんなことができるようになったけれど、そこには、僕にできることが、ひとつもなかった。

途中で、医師が僕を見た。

僕は、うなずいた。

それが何に対するうなずきだったのか、いまでも、はっきりとはわからない。ただ、そのとき僕は、うなずかなくてはいけないと思った。

人が減っていって、機械の音が減っていって、最後に、部屋が静かになった。

僕は、ベッドの横に椅子を戻して、座った。

彼女の手を握った。

まだ、温かかった。

感覚は最後まで残ります、とあの医者は言った。だから、いま、彼女には僕の手のひらの温度がわかっているかもしれない、と僕は思った。医学的には、たぶん、間違っている。でも僕はそう思うことにした。

僕は、彼女の手を握ったまま、時計を見た。

三月二十五日、午後十一時四十分。

水曜日だった。

葬式のことは、あまり覚えていない。

覚えているのは、二つだけだ。

ひとつは、彼女の母親が、僕の手を握って、「ありがとうね」と言ったこと。省略しない「ありがとう」だった。奏の言い方に、よく似ていた。

もうひとつは、焼香の列の最後のほうに、小学校を卒業したばかりの女の子が、母親と一緒に並んでいたことだ。

咲希ちゃんだった。

彼女は僕の前に来て、深くおじぎをして、それから、こう言った。

「わたし、続けてます」

「うん」

「先生に、そう言っといてください」

「言っとく」

彼女は、そこで泣いた。声を出して、ぐしゃぐしゃになって泣いた。

僕は、そのとき、この二週間ではじめて泣いた。

部屋に帰ったのは、四月の初めだった。

彼女の母親と親戚が、しばらく僕を一人にしないほうがいいと言って、順番に泊まりに来てくれていた。僕はそれをありがたく受け取って、そして、ある日、もういいですと言った。

一人になった部屋は、静かだった。

静かだ、というのは、正確ではない。音は、ある。冷蔵庫のモーター。外の車。上の階の子どもの足音。

なくなったのは、音ではなくて、「音を待っている」という状態だった。

僕は二年のあいだ、いつも何かを聞いていた。彼女の呼吸の音。マスクの空気が漏れる音。彼女が僕を呼ぶ、かすれた声。それが聞こえなくなったときのために、いつも、耳の一部を空けていた。

その耳の一部が、行き場をなくしていた。

最初の朝、僕は五時半に目を覚ました。

目覚ましは、かけていなかった。

体が勝手に起きた。二年ちかく、五時半に起きていたからだ。

僕は起き上がって、右手を、隣に伸ばした。

体位を変えるために。

そこには、何もなかった。

僕はその朝、ベッドの上で、伸ばした手を戻せないまま、しばらく座っていた。

部屋には、ものが残っていた。

車椅子。介護ベッド。吸引器。手すり。文字盤。玄関のスロープ。風呂場の椅子。

業者に引き取ってもらう手配は、していた。でも、なかなか電話をかけられなかった。

全部、彼女がいたことの証拠だった。それを片づけたら、この部屋は、ただの、独身の男が住む2LDKに戻ってしまう。

僕は、片づけなかった。

かわりに、僕は、彼女がいたころと同じ生活をした。

五時半に起きた。朝ごはんを二人分作った。会社に行った。七時に帰った。夕飯を作った。洗濯をした。一時に寝た。夜中に二回、目が覚めた。

三週間くらい、それをやった。

やっている自分がおかしいことは、わかっていた。

でも、やめ方がわからなかった。

ゴールデンウィークの前の水曜日、僕は会社の帰りに、スーパーに寄った。

特に買うものはなかった。ただ、まっすぐ帰る気になれなかった。

飲み物のコーナーで、僕は、二リットルの麦茶の前で立ち止まった。

あの日、彼女がここで手を止めた。

薬指と小指だけが、まっすぐ伸びていた。

僕は、それを笑った。

僕は、麦茶を籠に入れて、レジを通って、店を出た。

駐車場の車の中で、僕はそれを膝の上に置いた。

そして、蓋を開けた。

かんたんに開いた。

当たり前だ。ペットボトルの蓋というのは、開くようにできている。子どもでも、老人でも、たいていの人が開けられるようにできている。それが「ふつう」だ。

僕は、開いた蓋を持ったまま、動けなくなった。

四年間、僕はこれを開け続けてきた。開けて、渡してきた。

渡す相手が、いなかった。

開いてしまう。

僕にはもう、この蓋を開けることが、何の意味も持たない。

僕は、蓋を握りしめて、ハンドルに額を押しつけて、そこで、たぶん一時間くらい泣いた。

駐車場を出るときに、係員のおじさんが心配そうにこちらを見ていた。僕は会釈をして、車を出した。

その夜、僕は、はじめて、業者に電話をかけた。

それから、部屋に戻って、本棚の上に置いたままにしてあった、あのノートを、手に取った。

表紙に、太いマーカーで、彼女の字が書いてある。

『できたことノート』

分厚いノートだった。白いページが、まだ三分の一ほど残っていた。

僕は、後ろのページを、開いた。

エピローグふつうの水曜日

ノートの後ろのページは、三つの筆跡でできていた。

最初の何ページかは、奏の字だった。まだ字が書けたころの、丸くて、少し右上がりの字。

『とおるくんの できるようになったこと』

十一月 卵焼き(焦げなくなった) 十二月 洗濯(色物と白物を分けた) 十二月 シーツの交換 一月 私の髪を洗う(最初、目にシャンプーが入った) 一月 ボタン留め 二月 だし巻き卵(まだ甘い) 二月 爪切り 三月 私を抱えて起こす(腰を痛めた) 三月 訪問看護の人と敬語で話す 四月 起きた

僕は、そこで、指を止めた。

四月 起きた。

あの、雨の朝のことだ。彼女が僕を意味もなく起こして、僕が「起きた」と言った。あれを、彼女は本当に書いていた。

その先は、字が変わっていた。

文字が大きくなって、線が震えていた。書くのがつらくなってからのものだ。

五月 電動歯ブラシを私の口に入れる角度 六月 私の靴下(左右まちがえた) 六月 訪問入浴の日に半休を取る 七月 私の背中をさするタイミング

その先は、三つ目の筆跡だった。

きれいな、大人の女性の字。宮川さんの字だった。婚姻届の証人の欄に書いてくれたのと、同じ字だった。

ページの上に、注釈が入っていた。

『(ここから、奏さんに文字盤で言ってもらったのを、宮川が書き取っています)』

八月 私の口の中を掃除する 九月 私がむせたとき、あわてない 十月 私が何を言いたいか、半分わかる 十一月 プロポーズ 十二月 私が何を言いたいか、八割わかる 一月 夜中に二回起きる 二月 文字盤 二月 私が「あ」を見た瞬間に「あ」と言う 三月 水曜日のうた(六小節目まで)

僕は、そこまで読んで、ページをめくった。

最後のページに、宮川さんの字で、こう書かれていた。

『(三月二十一日から二十三日にかけて、奏さんに文字盤で言ってもらったものです。三日かかりました。 宮川)』

そして、その下に、こうあった。

とおるくんへ わたしは、ずっと、へっていくばかりだと思っていました。 できないことが、ひとつずつふえて、そのぶんだけ、 わたしという人が、うすくなっていくんだと思っていました。 でも、ノートをつけてわかったことがあります。 わたしが一つ落とすたびに、あなたが一つ、ひろってくれました。 だから、この家からは、なにも減っていません。 わたしのぶんと、あなたのぶんを足したら、 ちゃんと、プラスでした。 ふつうのことが、できなくなって、 わたしは、ふつうのことの意味を、はじめて知りました。 歯をみがくとか、麦茶をのむとか、あなたを起こすとか、 ぜんぶ、しあわせでした。 できなくなるまで、しあわせだと気づかなくて、ごめんなさい。 あなたがいなくなったら、と考えたことがあります。 考えて、すぐにやめました。 こわすぎて、最後まで考えられませんでした。 わたしは、あなたに、それをさせます。ごめんなさい。 だから、ひとつだけ、お願いがあります。 ふつうに、してください。 ごはんを食べて、寝て、仕事に行って、 だれかとしゃべって、笑って、 そういう、なんでもないことを、してください。 あなたがなんでもないことをしているとき、 わたしは、いちばん、しあわせでした。 それから、これは、いつか伝えたいと思っていることです。 まだ言えていません。 いちばん短くて、いちばんぜんぶが入っている言葉をさがしていて、 やっと見つけました。 こんど、文字盤で言います。  まいにち しあわせだった                  かなで

僕は、そのページを、長いこと見ていた。

ま。

彼女が最後に見た文字は、それだった。

僕は、その一文字を、「またあした」だと思った。

思って、代わりに言ってしまった。

彼女はまばたきを一回した。はい、と。

あのとき彼女は、何を「はい」と言ったのだろう。

僕がずっと考えているのは、そのことだ。

訂正できなかったのか。それとも、訂正しなくてもいいと思ったのか。

僕は、後者だと思うことにしている。

彼女は、省略しない人だった。四年間、一度も「ありがとう」を省かなかった人だ。その人が、人生の最後の言葉を、僕の言葉で上書きされて、それを「はい」と受け取った。

たぶん、彼女にとっては、どちらでもよかったのだと思う。

まいにち しあわせだった、も。

また あした、も。

同じことを言っていたのだと思う。

その週の土曜日、僕は台所に立った。

彼女のレシピノートは、シンクの下の引き出しに入っていた。ずっと開けていない引き出しだった。

だし巻き卵のページを開いた。

材料と分量が、几帳面な字で書いてある。卵三個。だし五十cc。しょうゆ小さじ二分の一。塩ひとつまみ。

その下に、小さく、あとから書き足したような字で、こうあった。

『砂糖 ひとつまみ多め(透くんは甘いのが好きだから)』

僕は、その一行を、しばらく見ていた。

いつ書き足したのか、わからない。同居をはじめた最初の秋かもしれないし、字が書けなくなる直前かもしれない。

わかるのは、彼女が、僕がいつか一人でこれを作る日のことを、考えていたということだ。

僕は、卵を三つ割った。

だしを計った。しょうゆを入れた。塩をひとつまみ。砂糖を、ひとつまみ多め。

卵焼き器に油をひいて、火をつけた。

最初の一枚は、少し焦げた。

二枚目からは、うまくいった。

できあがっただし巻き卵を、皿に乗せて、テーブルに置いた。皿は二枚出しかけて、一枚に戻した。

食べた。

甘かった。

ちょうどよく、甘かった。

僕は、それを、最後まで食べた。

ピアノを開けたのは、五月の、水曜日だった。

調律をしてもらった。半年ぶりだった。調律師さんは「いいピアノですね」と言って、それから、何も訊かなかった。

僕は、椅子に座った。

彼女がずっと座っていた場所だ。座面が、少しへこんでいる。

スマートフォンを取り出して、録音を再生した。

かすれた、聞き取りにくい声が、彼女の声だった。

『ドソミド、ドソミレ……ちがう、そこ、ミ。……もういっかい』

僕は、鍵盤に指を置いた。

弾いた。

一小節。二小節。三小節。

ゆっくり、ひとつずつ。彼女が最後にこのピアノを弾いたときと、たぶん、同じくらいの速さで。

四小節。五小節。六小節。

ここから先が、僕には長いあいだ弾けなかった。

七小節目。

弾けた。

八小節目。

最後の音を押して、それが消えるまで、僕は指を離さなかった。

部屋が、静かになった。

弾けた。

八小節、全部、間違えずに。

僕は、鍵盤の上に手を置いたまま、しばらくそうしていた。

それから、誰もいない部屋に向かって、言った。

「弾けたよ」

返事はなかった。

当たり前だ。

「六小節までじゃなくて、全部」

僕は、続けた。

「あと、だし巻き卵、うまくできた。砂糖、ひとつまみ多め。あれ、書いといてくれてありがとう」

窓の外で、車が通る音がした。

どこかの部屋で、誰かがテレビをつけていた。

水曜日の、夜だった。

なんでもない曜日。祝日にもならないし、歌にもならない。誰も水曜日に特別なことをしない。

僕は、ノートを持ってきて、ピアノの譜面台に開いた。

前から書いていくほうのページ。

最後に書かれているのは、三月十八日の日付だった。彼女の口述を、僕が代筆したものだ。

三月十八日(水) ・お母さんとしゃべった ・透くんに、ちゃんと会えた

その次の行は、空白だった。

三月二十五日。彼女の最後の水曜日。あの日、僕たちはノートを書かなかった。

僕は、ペンを取った。

そして、その空白に、書いた。

三月二十五日(水) ・透くんに、また明日を言ってもらった

それから、ページをめくって、新しい日付を書いた。

五月十三日(水) ・水曜日のうたを、最後まで弾いた

少し考えて、もう一行、足した。

・ごはんを食べた

ふつうに、してください、と彼女は書いていた。

僕はまだ、ふつうにできていない。五時半に目が覚めるし、隣に手を伸ばすし、ペットボトルの蓋を開けると、少し息が止まる。

でも、たぶん、いつか、ふつうになるのだと思う。

ふつうになって、なんでもない日に、なんでもないことをして、それを彼女に見せられないまま、僕は生きていく。

それは、たぶん、彼女が望んだことだ。

そして、それは、ものすごく、さびしいことだ。

両方、本当なのだと思う。どっちかが嘘じゃない。

彼女はそういうものを、ちゃんと知っている人だった。

僕はノートを閉じて、ピアノの蓋も閉じた。

電気を消して、寝室に行った。

ベッドに入って、天井を見た。

それから、隣の、誰もいない場所に向かって、言った。

「また明日」

明日は、木曜日だ。

彼女には、来なかった明日だ。

でも、僕には来る。

来てしまう。

僕は目を閉じた。

そして、次の水曜日のことを、少しだけ、考えた。

(了)

次に読む

群像劇 / 全17節 深度三千四十一メートル

三十年かけて開けた穴を、十一日かけて塞ぐ話。そして、それが何ひとつ守らなかった話。

中編小説 / 約21,000字 四時の人

母は、名前を忘れていった。手だけが、最後まで覚えていた。

読書のおすすめ この作品と地続きの本

書くときに読んだ本と、読み終えた人が次に読むとよさそうな本。

読んでよかったら、一人に渡してもらえると、いちばん助かります。単発の投げ銭と、月額の支援もあります。

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設計図 ── 人物相関・年表・伏線※ 結末まで含む重大なネタバレがあります
Story bible

水曜日の設計図

三崎奏と宮下透の四年間を、人物の線・語りの構造・年表・モチーフの四つに分解したものです。日付はすべて作中の時間で、年は交際開始年を第1年としています。

奏(かなで)側の出来事・語り 透(とおる)側の出来事・語り 二人に起きたこと
01

人物相関

登場人物は六人。周囲の四人は全員、二人のあいだで「言葉を運ぶ」役をしています。誰が誰に何を渡したかを線に書きました。

交際4年 → 同居 → 結婚 水曜日だけ、別れ際は「また明日」 最後の生徒 婚姻届の証人 「感覚は、最後まで残ります」 手紙を代筆 涙を見た人 三崎 奏 27歳・ピアノ教室講師 宮下 透 29歳・印刷会社営業 咲希 小4 → 小6・耳がいい子 奏の母 「いい人と一緒になったねえ」 主治医 神経内科・告知 宮川さん 訪問看護師・証人 病名は作中で一度も明示されない
主治医は二人に同じ一文を渡し、宮川さんは二人が互いに隠したもの(透のベランダの涙/奏の最後の手紙)を運ぶ。咲希と母は、奏が死んだあとに透へ言葉を返す側にいる。
02

語りの構造

全11章+エピローグ。奏と透が一章ごとに交替し、第十章の途中で奏の語りが「ま」の一文字で止まり、以降は戻りません。読者は、透と同じ位置に取り残されます。

奏の語り 透の語り 十一 第十章、「ま」の一文字で途切れる 以降、奏の語りは戻らない
奏が語るのは「できなくなっていく内側」、透が語るのは「見ている側」。交替は第一章から第十章まで一度も崩れないので、崩れた瞬間が読者にはっきり分かる。
03

年表

出会いから最後の水曜日まで四年。前半二年は「まだ言わない」時間、後半二年は「できることが移っていく」時間です。

第 1 年 — 出会い

出会い、交際開始

互いの休みが重なるのが水曜日だけだった
夏 / 交際3ヶ月

別れ際に「また明日」と言いはじめる

「さよならって言いたくないから」(奏)
12月

ノクターンのトリルが転ぶ

最初の異変。誰にも言わない
第 2 年 — 黙っていた半年、そして告知
1月

薬指が上がりきらない

練習不足だと思い、毎朝ハノンを弾き直す
2月

実家で箸を落とす/右手の筋肉のへこみに気づく

知って、知らないことにする
3月・水曜

スーパーで二リットルの麦茶が持てない

第一章。透は笑い、蓋を開けて渡す
4月

レッスンで生徒の手にぶつかる/その夜、病院を予約

6月・木曜

電話で打ち明けられる/筋電図検査に付き添う

「半年前じゃん」
7月

告知。進行性、治療法なし。
「感覚は、最後まで残ります」

ピアノは一年か二年。駐車場の車の中で透が泣く
7月末

「透くんの人生を、透くんに返す」と別れを切り出す

同日

断る。「奏がいない人生を、俺が生きられると思う?」

9月

同居開始(エレベーター・手すり・ピアノの置ける部屋)

透の初めての卵焼き=砂糖大さじ2。「甘いほうが好き」
12月3日・水曜

『できたことノート』開始

できたことだけ書く。後ろのページから、透の記録も
第 3 年 — 移っていくもの
1〜3月

字が書けなくなる/髪を結えなくなる/入浴は見守りへ

1〜3月

髪を洗う、ボタンを留める、抱えて起こす(腰を痛める)

4月10日・水曜

雨の朝。「透くんを起こした」/「起きた」

ノートの両側に、同じ日の同じ一行
6月26日・水曜

皿を割り、「うるさい」と言ってしまう

奏が床を這って五センチ進む
同夜

初めて「しんどい」と言う

「両方本当なんだよ。どっちかが嘘じゃないんだ」
8月末

教室を閉じる。咲希の最後のレッスン

「わたし、ピアノ続ける」
同日夜

左手一本、八小節。「水曜日のうた」

「弾けるようになったら、私に聴かせて」
11月

誤嚥性肺炎で入院、そのまま退院できず

11月・水曜

婚姻届。証人は奏の母と宮川さん

残された水曜日は、あと19回
第 4 年 — 最後の十九回
2月

声を失う。透明文字盤へ

まばたき1回=はい、2回=いいえ
2月

一週間で、「あ」を見た瞬間に「あ」と言えるようになる

3月18日・水曜

ノート最後の記入(口述)

「透くんに、ちゃんと会えた」
3月21〜23日

宮川さんに文字盤で手紙を口述。三日かかる

3月25日・水曜

「ま」——そこで目が動かなくなる。
透が「またあした、だろ」と代わりに言う

奏はまばたきを一回する。23時40分
3月末

葬儀。咲希「わたし、続けてます」

4月

五時半に目が覚め、隣に手を伸ばす日々が三週間

4月末・水曜

麦茶の蓋が、かんたんに開いてしまう

渡す相手がいない。その夜、ノートの後ろを開く
5月13日・水曜

だし巻き卵(砂糖ひとつまみ多め)/八小節、間違えずに

誰もいない部屋に「また明日」
04

ノートの構造

一冊のノートが、前と後ろから別々に書かれています。前は減っていく側の記録、後ろは増えていく側の記録。奏の計算では、二つを足すと収支はプラスでした。

できたこと 歯をみがいた/透くんを起こした 文字盤で五十文字しゃべった できるようになったこと 卵焼き/髪を洗う/文字盤 水曜日のうた(六小節目まで) 白紙のまま 残った三分の一 前から:奏が書く(第2年12月〜) 後ろから:奏が書く/宮川さんが代筆 二つの列は、真ん中で出会わなかった
三年分は書けそうな厚さのノートを選んだのに、白いページが三分の一残る。最後のページに置かれた手紙が、透が読む唯一の「後ろ側」になる。
05

モチーフの往復

七つの小道具が、置かれ・育てられ・最後に回収されます。順序はすべて「なんでもないもの」→「なくなって意味が出るもの」。

モチーフ置く育てる回収する
ペットボトルの蓋 第一章透が開けて渡す、四年間 第一・二章奏が持てなくなる 第十一章かんたんに開いてしまう。渡す相手がいない
「また明日」 第一章さよならを言わないための言葉 第十章文字盤で毎晩五文字 第十一章・終章透が代わりに言う/誰もいない部屋へ言う
できたことノート 第六章できたことしか書かない 第六〜十章後ろのページが増えていく 終章三日かけて口述された手紙
水曜日のうた 第八章左手一本での最後の演奏 第十章「六小節目まで、間違えない」 終章八小節。「弾けたよ」
砂糖ひとつまみ多め 第五章大さじ2の、ケーキみたいな卵焼き 第六章「だし巻き卵(まだ甘い)」 終章レシピノートの書き足し
省略しない「ありがとう」 第一章四年間、一度も省かない 第三・八章告知した医師へ/咲希へ 第十一章奏の母から透へ、同じ言い方で
感覚は最後まで残る 第三章医師の説明。残酷さとして受け取る 第六章「悪い設計ではない」と読み替える 第十章最後の午後、握られた手の温度がわかる

水曜日は祝日にならず、歌にもならない。この作品でだけ、出会いも、結婚も、最後も、そして八小節が完成する日も水曜日にしてあります。