第一章蓋透
三崎奏と付き合いはじめて二年目の春、僕はペットボトルの蓋を開けるのが上手くなった。
といっても、握力が増したわけでも、コツを覚えたわけでもない。ただ、奏が差し出してくるのを受け取って、開けて、返す。その一連の動作が、体に馴染んだというだけの話だ。
「はい、透くん」
映画館のロビーでも、河原のベンチでも、彼女は当たり前みたいに麦茶のボトルを僕の手のひらに乗せた。僕が開けて渡すと、必ず「ありがとう」と言った。二年間、一度も省略しなかった。省略しない人なのだ、奏は。
「握力ないんだよ、ピアノ弾く人って」
と、彼女は言っていた。
「そうなの? むしろありそうだけど」
「ないの。力で押さえたら音が汚くなるから。指の重さだけで落とすの。ほら」
奏は僕の腕を取って、二の腕のあたりに人差し指をぽとりと落とした。ほんとうに、落とした、という感じだった。骨と皮の重さだけが、僕の腕に沈んだ。
「これで音が出るように、ずっと練習してきたわけ。だから蓋は開かない」
「理屈が通ってるんだかいないんだか」
「通ってます」
奏はそう言って笑った。前歯が少し大きくて、笑うと子どもみたいに見える。二十七歳の女性に対する感想としては失礼かもしれないけれど、僕はその笑い方がとても好きだった。
僕たちは、水曜日に会うことにしていた。
奏はピアノ教室の講師で、平日の夕方から夜にかけてが忙しい。土日は発表会だのコンクールの付き添いだので潰れることが多い。逆に僕は印刷会社の営業で、土日は休みだが、平日の夜は接待だの見積もりだのでよく遅くなる。二人の予定の隙間を突き合わせていったら、水曜日だけが残った。奏の教室は水曜が休みで、うちの会社は水曜がノー残業デーだった。
だから水曜日。
なんでもない曜日だ。週の真ん中で、祝日にもならないし、歌にもならない。花の金曜日みたいな呼び名もない。誰も水曜日に特別なことをしない。
でも、僕たちにとってはそれが良かった。特別じゃない日に会える相手というのが、いちばん一緒にいる相手なのだと思う。
水曜日の僕たちは、だいたい同じことをした。奏の教室の近くの定食屋で夕飯を食べて、川沿いを歩いて、どちらかの部屋で映画を半分だけ見て、寝落ちする。二人とも次の日は仕事だから、最後まで見たことはほとんどない。『ニュー・シネマ・パラダイス』を、僕たちは四回に分けて見た。
別れ際には、必ず言った。
「じゃあ、また明日」
明日は会わないのに。
最初に言い出したのは奏だった。付き合って三ヶ月くらいの頃、駅の改札の前で、彼女がそう言った。僕が「明日は会わないよ」と真面目に返したら、奏は少し困った顔をして、それから言った。
「さよならって言いたくないんだよね。明日も明後日もあるって思いたいから、また明日って言うの。だめ?」
だめじゃなかった。
それから僕たちは、次に会うのが一週間後でも、二週間後でも、別れ際に「また明日」と言うようになった。電話を切るときも、メッセージの最後にも。だんだん、それは挨拶ですらなくなって、もっと別の意味を持つようになった。何の意味かは、うまく言えない。ただ、言わないと落ち着かなかった。
その春の水曜日、僕たちは近所のスーパーで買い物をしていた。奏の部屋で鍋をやろうという話になって、豆腐とねぎと鱈を籠に入れて、飲み物のコーナーで奏が二リットルの麦茶に手を伸ばした。
伸ばして、そのまま、止まった。
「どうした」
「んー」
奏は自分の右手を見ていた。ボトルの首を握った指が、なんだか変な形をしていた。人差し指と中指はきちんと曲がっているのに、薬指と小指だけが、まっすぐ伸びたままだった。
「持てない」
「重いか」
「重いっていうか」
奏はもう一度握り直して、今度はちゃんと持ち上げた。二リットルのボトルが籠の中に落ちて、どすんと音がした。
「持てた」
「持てたじゃん」
「うん、持てた」
彼女は右手を閉じたり開いたりした。それから、なんでもないみたいに笑った。
「最近、握力ますますなくなってきたかも。歳かなあ」
「二十七で歳とか言うな」
「二十七はもう若くないんですよ」
僕は笑った。奏も笑った。
レジを出たところで、奏は麦茶を僕に差し出した。僕は蓋を開けて、ひとくち飲んで、彼女に返した。
「ありがとう」
その日のことを、僕はずっとあとになってから何度も思い返すことになる。あのとき僕はなんと言うべきだったのか、どうすべきだったのか、と。
でも、たぶん、答えはない。
あの日の僕にできたのは、蓋を開けることだけだった。そしてそれは、二年間ずっとそうしてきたことで、なんでもないことで、あまりにもふつうのことだった。
ふつうのことというのは、それが失われるまで、ふつうのままで通り過ぎていく。誰にも気づかれずに。
僕たちはその夜、鍋を食べて、映画を三十分だけ見て、寝た。眠る前に奏が「また明日」と言って、僕も「また明日」と言った。
その水曜日は、僕の記憶の中で、いちばんふつうの一日として残っている。
第二章薬指奏
最初におかしいと思ったのは、たぶん、去年の暮れだった。
でも、そのときはおかしいとは思わなかった。というより、思わないようにした、というほうが正確だと思う。人はそういうふうにできている。都合の悪いものは、ちゃんと目の端に置いたまま、見ない。
ショパンのノクターン第二番。生徒に模範演奏をするために弾いていて、右手のトリルが転んだ。
転ぶというのは、指がもつれて音が均等に鳴らなくなることを言う。中学生の生徒がやるならわかる。でも、私はこの曲を十四歳のときから弾いている。目をつぶっても、しゃべりながらでも弾ける。
私は指を止めた。
「せんせい、どうしたの」
目の前で咲希ちゃんが首をかしげていた。小学四年生。教室でいちばん練習してこない子で、いちばん耳がいい子だった。
「なんでもない。ちょっと指が冷えちゃったみたい」
「暖房ついてるよ」
「ついてても冷えるの。大人になるとね」
咲希ちゃんは納得しない顔をしたけれど、それ以上は訊かなかった。私はもう一度、頭からノクターンを弾いた。今度はきちんと弾けた。
だから、なんでもなかったのだ。そのときは。
次に気づいたのは、年が明けてすぐ。
薬指が、上がりきらない。
ピアノを弾く人間にとって、薬指はもともと厄介な指だ。中指と小指に腱で繋がっていて、単独では動かしにくい。だからみんな薬指のための練習をする。ハノンの、あの退屈な、指をひとつずつ独立させるための練習を、何年もかけてやる。
私はそれをやってきた。だから私の薬指は、私の言うことを聞くはずだった。
それが、上がらない。
正確に言うと、上げようと思ってから上がるまでに、一瞬の間があった。〇・二秒くらいの。誰にもわからない。録音しても、たぶんわからない。でも弾いている私にはわかった。命令と実行のあいだに、誰かが小さな石を置いていた。
私は毎朝、鍵盤の前でハノンを弾くようになった。中学生の頃に戻ったみたいに、真面目に。指が動かないのは、練習が足りないからだと思っていた。あるいは、疲れているからだと。
だって、そう思うでしょう。
二月に、箸を落とした。
実家で、母と鍋を食べていたときだった。豆腐をすくおうとして、箸がすとんと手から落ちた。持っていられなかった、のではなくて、持っているという感覚が、その瞬間だけなかった。
「あら、どうしたの」
「んー、すべった」
私は新しい箸をもらって、何事もなかったみたいに食べ続けた。母は特に気にしなかった。
その夜、実家の自分の部屋で、私は右手をひらいて、電気にかざしてみた。
親指と人差し指のあいだ、水かきのあたりの筋肉が、少しへこんでいた。左手と比べると、はっきりとわかった。何かがそこから、静かに減っていた。
私はそのとき、たぶん、知ったのだと思う。
知ったけれど、知らないことにした。私は二十七歳で、ピアノ教室に三十人の生徒がいて、透くんという恋人がいて、来年あたりには一緒に住もうかという話をしていて、そういう人生の途中にいた。途中の人間は、忙しい。忙しい人間は、自分の手のひらのへこみを見つめ続けることができない。
三月、スーパーで麦茶が持てなかった。
あのとき、透くんは何も言わなかった。「持てたじゃん」と笑った。私も笑った。
でも家に帰って、彼が先にお風呂に入っているあいだ、私はキッチンで、二リットルのボトルを何度も持ち上げていた。持てる。持てるけれど、持ち方を、指ではなく手首と腕で工夫している自分に気づいた。体が勝手に、できなくなったことを迂回しはじめていた。
私はボトルを流しに置いて、両手をカウンターについて、しばらくそのままでいた。
浴室から、透くんの鼻歌が聞こえていた。音程がひどく外れていた。彼は本当に音楽の才能がない。私が教えた八小節の練習曲を覚えるのに三ヶ月かかった。
その音痴な鼻歌を聞きながら、私は思った。
こわい。
次に思ったのは、こうだった。
この人に、こわいと言いたくない。
いま思えば、あそこが分かれ道だったのだと思う。私は彼に言うべきだった。手がおかしい、と。二年も一緒にいた人に、たった一言。
でも私は言わなかった。
どうしてかというと、言葉にしたら本当になってしまう気がしたから。それから、もうひとつ。彼が心配する顔を見たくなかったから。彼はやさしい人で、心配すると全部顔に出る。私はその顔に、自分の手の話をさせたくなかった。
馬鹿だった、と今なら思う。
黙っているというのは、優しさじゃない。ただの引き算だ。私は自分の恐怖を、彼と分けあう代わりに、一人で抱えて、そのぶん彼と自分のあいだに何もない場所を作った。
四月の水曜日、私はレッスン中に、生徒の手を叩いてしまった。
叩いたというか、正しい指の形を教えようとして手を伸ばして、コントロールを失って、ぶつかった。相手は小学一年生の男の子だった。びっくりして、泣いた。
「ごめんね、ごめん、先生、痛かったね、ごめんね」
私は彼を抱きしめて、何度も謝った。彼はすぐに泣きやんで、「だいじょうぶだよ」と言ってくれた。子どもは大人よりずっと寛容だ。
その子が帰ったあと、私は誰もいない教室で、ピアノの椅子に座っていた。日が落ちて、部屋が暗くなっても、電気をつけなかった。
鍵盤の蓋を閉めて、その上に両手を置いた。右手と左手を並べて。
右手が、ひとまわり小さくなっていた。
スマートフォンを取り出して、検索窓に文字を打った。「手 筋肉 やせる」。
出てきた候補の中に、聞いたことのない病名がいくつかあった。私はそのうちのひとつを開いて、最後まで読んだ。読み終えて、画面を消して、それから病院を予約した。
次の水曜日、透くんに会ったとき、私は何も言わなかった。定食屋でさばの味噌煮を食べて、川沿いを歩いて、彼の部屋で映画を四十分見て、寝た。
眠る前、彼が「また明日」と言った。
私も「また明日」と言った。
言いながら、明日という言葉が、生まれてはじめて、こわかった。
第三章白い部屋透
奏から電話がかかってきたのは、六月の木曜日の午後だった。
水曜日ではない日に彼女から電話が来るのは、珍しいことだった。僕は取引先の駐車場で、車に乗り込むところだった。
「もしもし」
『あ、透くん。仕事中?』
「ちょうど移動中。どうした」
『あのね』
そこで、間があった。
電話越しの沈黙というのは奇妙なもので、相手の顔が見えないぶん、こちらの想像がその隙間を勝手に埋めてしまう。僕はその二秒くらいのあいだに、いくつものことを考えた。別れ話だろうか、とも思った。今から思えば笑い話だ。
『来週、病院に行くんだけど』
「病院?」
『うん。ちょっと、手がね、調子悪くて。それで、検査するんだけど』
「手」
『うん』
「いつから」
『……去年の暮れくらいから』
僕は運転席のドアに手をかけたまま、駐車場のアスファルトを見ていた。六月の日差しが、白く跳ね返っていた。
「半年前じゃん」
『うん』
「なんで言わなかった」
『言ったら、本当になっちゃうかなと思って』
僕は何か怒りに似たものを感じて、それをすぐに恥じた。怒る資格が僕にあるとは思えなかった。半年間、僕は毎週水曜日に彼女と会っていて、彼女の手のことに気づかなかった。麦茶のボトルを持てなかったあの日、僕は笑ったのだ。
「ついていく」
『え』
「病院。何時?」
『いいよ、そんな。検査だけだから』
「行く」
『……仕事は』
「有給ってものがあるんだよ、うちの会社にも」
電話の向こうで、奏が息を吸う音がした。それから、小さく、
『ありがとう』
と言った。いつもと同じ、省略しない「ありがとう」だった。
病院は、大学病院の神経内科だった。
紹介状を持っていくということは、最初にかかった病院の医師が、ここでないと診られないと判断したということだ。僕はその意味を、待合室のプラスチックの椅子に座りながら、少しずつ理解していった。
検査は長かった。筋電図というのをやるらしく、細い針を筋肉に刺して電気の流れを測るのだと奏は言っていた。「めちゃくちゃ痛いらしいよ」と、彼女は笑いながら言った。
「痛かったら手ぇ握ってあげるから」
「透くんの手を握れる場所じゃないんだよなあ、刺すの」
三時間近く待った。僕は待合室で、置いてある雑誌を三冊読んで、内容をひとつも覚えていなかった。
奏が出てきたとき、彼女の腕には絆創膏が何枚も貼られていた。
「終わった」
「痛かった?」
「めちゃくちゃ痛かった。あんなの二度とやりたくない」
彼女は笑って、僕の隣に座った。それから、僕の手を握った。左手で。
結果が出るまでに、二週間かかった。
その二週間の水曜日を、僕たちはいつも通りに過ごした。定食屋に行って、川沿いを歩いた。誰も検査の話をしなかった。
でも、川沿いを歩いているとき、奏が言った。
「透くん。もし、私が病気だったらどうする」
「治す」
「治らない病気だったら」
「治るまで待つ」
「だから、治らないんだって」
「じゃあ、治らないまま一緒にいる」
奏はしばらく黙って歩いていた。それから、
「そんなの、なんの解決にもなってないじゃん」
と言って、笑った。笑ったけれど、目のあたりが少し赤かった。
結果を聞く日、奏は「一人で行く」と言った。僕は「行く」と言った。三十分言い合って、結局、二人で行った。
診察室は白かった。
白い、という以外に言いようがない部屋だった。壁も、天井も、医師の白衣も、机の上の書類も。ただ、パソコンの画面と、シャウカステンに掛かった何枚かの画像だけが、暗い色をしていた。
医師は五十代くらいの男性で、声が低く、話し方が遅かった。話し方が遅い人というのは、悪い話をするのに慣れている人だ。あとになって、僕はそう思った。
彼はまず、検査の結果の話をした。筋電図の波形。血液検査の数値。頸椎のMRI。ひとつずつ、丁寧に、これは異常がありませんでした、これは異常が出ています、と説明した。
それから、少しだけ間を置いて、言った。
「進行性の、運動をつかさどる神経の病気です」
僕は隣の奏を見た。彼女は医師をまっすぐ見ていた。
「原因はまだ完全にはわかっていません。治療法も、進行を遅らせる薬はありますが、止める薬はありません」
「進行というのは」
と、僕は言った。自分の声が思ったより低くて、驚いた。
「手のあとに、何が起きるんですか」
医師は僕を見た。それから、奏を見た。
「三崎さん。ご本人にお伝えしてよろしいですか」
「はい」
「わかりました」
そして、医師は説明した。
僕はその説明を、いま、順番通りに再現することができる。何度も何度も、頭の中で繰り返したから。
まず、手の力が失われる。細かい動作から。字を書く、箸を持つ、ボタンを留める。
次に、腕が上がらなくなる。髪を洗う、服を着る、顔を洗う。
やがて、足に及ぶ。つまずくようになり、階段が難しくなり、杖が必要になり、車椅子になる。
そして、口とのどの筋肉が動かなくなる。飲み込むことが難しくなる。しゃべることが難しくなる。
最後に、呼吸の筋肉が動かなくなる。
医師は言った。
「感覚は、最後まで残ります。触られている感じ、温かい冷たい、痛い。それはわかります。頭も、はっきりしたままです。考えることも、感じることも、何ひとつ失われません」
僕はそこで、意味がわからなくなった。
「頭は、そのまま、なんですか」
「はい」
「じゃあ、体だけが」
「そうです」
白い部屋の中で、時計の音が聞こえた。
奏が、口を開いた。
「先生」
「はい」
「ピアノは、いつまで弾けますか」
医師は、少しのあいだ、答えなかった。
それは、答えを探していたからではなく、答えを言ってしまうことを、ためらっていたからだと思う。
「……進行の速さには、かなり個人差があります。ですから、はっきりとは申し上げられません」
「だいたいで」
「三崎さん」
「だいたいで、いいんです」
医師は、静かに言った。
「一年、二年。そのくらいで、演奏という形では難しくなる方が多いです」
奏は、うなずいた。
ゆっくりと、二回。まるで、レッスンで生徒に何かを説明された生徒みたいに、素直に。
「わかりました。ありがとうございます」
省略しない「ありがとう」だった。
診察室を出て、廊下を歩いて、エレベーターに乗って、一階のロビーを抜けて、駐車場まで、僕たちは一言もしゃべらなかった。
車に乗って、シートベルトを締めて、エンジンをかけて、僕は何もせずにハンドルを握っていた。
「透くん」
「うん」
「エンジン、かけっぱなし」
「うん」
「ガソリン、もったいないよ」
「うん」
僕は前を向いたまま、涙が出てくるのを、どうすることもできなかった。
拭かなかった。拭いたら、泣いていることを認めることになる気がした。
奏は僕を見ていた。そして、左手を伸ばして、僕の頬に触れた。
彼女の手は温かかった。感覚は最後まで残ります、と医師が言ったことを、僕はそのとき思い出した。
「透くん。あのね」
「うん」
「私、ひとつだけ、いいなと思ったことがある」
「なに」
「感覚が残るって。だから、最後まで、透くんの手があったかいのが、わかる」
僕はそこで声を出して泣いた。
二十九歳の男が、病院の駐車場で、車の中で、みっともなく泣いた。
奏はずっと、僕の頬に手を当てていた。彼女の右手は、もう、そこまで上がらなかったから、左手で。
第四章返却奏
告知から三週間後、私は透くんに別れを切り出した。
場所は、彼の部屋だった。水曜日で、私たちは餃子を焼いて食べたところだった。彼が焼いた餃子はいつも通り少し焦げていて、私はいつも通り「焦げてる」と言って、彼はいつも通り「香ばしいと言え」と言った。
皿を下げたあと、私は言った。
「透くん。別れよう」
彼はスポンジを持った手を止めて、こちらを見た。
「なんで」
「わかるでしょ」
「わからない」
「わかってよ」
「わからない」
彼は本当にわからないという顔をしていた。この人はときどき、こういう、腹が立つほど正直な顔をする。
私は用意してきた言葉を、順番に並べた。
これから私は、できないことが増えていく。歩けなくなる。食べられなくなる。しゃべれなくなる。最後は息もできなくなる。その全部を、あなたに背負わせることはできない。あなたは二十九歳で、仕事があって、まだ何にでもなれる。私といたら、あなたの三十代は、全部、私の看病で終わる。
そんなのはおかしい。
私は誰かの人生を、そんなふうに使わせるために生きてきたわけじゃない。
「だから、いまのうちに、返す」
「返す?」
「うん。透くんの人生を、透くんに返す」
私はそう言った。何日もかけて考えた言葉だった。うまく言えたと思った。
透くんは、洗い物の途中の手を、水で流した。それからタオルで拭いて、こちらに向き直った。
「奏」
「うん」
「それ、全部、俺のためって言ってるけど」
「うん」
「本当は、自分がこわいだけだろ」
私は、言葉に詰まった。
「俺に、だんだんできなくなっていくところを見られるのがこわい。世話をされるのがこわい。いつか俺が、しんどそうな顔をするのがこわい。だから、そうなる前に終わりにしたい。違う?」
違わなかった。
全部、その通りだった。
私は自分の口の中が乾いていくのを感じた。何か言い返そうとしたけれど、出てこなかった。彼はそういう人ではなかったはずだ。人の一番痛いところを、まっすぐ指すような人では。
でも、彼はそうした。
「奏。俺、正直に言うわ」
「うん」
「こわいよ。俺もこわい。あの日、先生の話聞いてから、毎晩ちゃんと眠れてない」
「……だったら」
「だったら、逃げていいってことにはならないだろ」
彼はテーブルの向かい側に座った。私の手を取ろうとして、途中でやめた。私が体を引いたからだ。
「奏、聞いて。俺、たぶんこれから、何回も嫌になると思う。しんどい顔もすると思う。ひどいことも言うかもしれない。俺はそんなに立派な人間じゃないから」
「それが嫌だって言ってるの」
「うん。でも、それでも、俺は奏といたい」
「なんで」
「なんでって」
彼は、少し考えた。この人はいつも、大事なことを言う前に少し考える。
「奏がいない人生を、俺が生きられると思う?」
私は、何も言えなかった。
「奏がいなくなった部屋で、俺が一人で飯食って、一人で寝て、それを毎日やって、それを『助かった、俺の人生は守られた』って思うと、本気で思ってる?」
「……思わない」
「だろ」
「でも」
「でもじゃない」
彼は、そこで、少し笑った。ひどく疲れた笑い方だった。
「奏はさ、自分がいなくなったあとの俺を、ずいぶん器用な人間だと思ってるよな」
その一言で、私は泣いた。
自分でもびっくりするくらい、急に、大きな声で泣いた。告知のあと、私は一度も泣いていなかった。診察室でも、車の中でも、家に帰ってからも、母に電話したときも。泣いたら、こわいと認めることになる気がして、ずっと堰き止めていた。
その堰が、彼のたった一言で、あっけなく壊れた。
私は彼の胸に顔を押しつけて、みっともなく、しゃくりあげて泣いた。彼は何も言わずに、私の背中に手を回していた。私は言葉にならない声で、いろんなことを言った。こわい、とか、いやだ、とか、なんで私なの、とか。ピアノが弾けなくなるのがいや、とか。
全部、彼にだけは言うまいと決めていたことだった。
どのくらいそうしていたかわからない。気がついたら私は泣きやんでいて、彼のTシャツの胸のあたりが、ひどいことになっていた。
「……ごめん。びしょびしょ」
「洗えばいい」
「洗濯できないでしょ、透くん。この前も色移りさせてたし」
「できるようになるよ、これから」
彼はそう言った。
そのときは、なんてことのない言葉だと思った。
できるようになる。
私が、できなくなっていく分だけ。
あとになって、私はこの言葉のことを何度も思い出すことになる。
第五章引っ越し透
その年の九月、僕たちは一緒に住みはじめた。
僕の部屋でも、奏の部屋でもなく、新しい部屋を借りた。理由はいくつかある。ひとつは、二人分の荷物が入る広さが必要だったから。もうひとつは、奏のアップライトピアノが置けること。そして、いちばん大きな理由は、エレベーターがあって、段差が少なくて、風呂場が広い物件でなければならなかったからだ。
不動産屋で条件を伝えるとき、僕は少し迷った。
「あの、バリアフリーに近いというか、その、将来的に、車椅子でも動ける感じの」
担当の若い社員は、僕と奏を交互に見て、それから「ご両親と同居のご予定ですか」と訊いた。
「いえ」
「あ、失礼しました。えっと」
「私です」
と、奏が言った。あっさりと。
「私が、たぶん、そのうち車椅子になるので」
社員は一瞬固まって、それから深く頭を下げて、「かしこまりました。お探しします」と言った。とてもいい対応だったと思う。
部屋を出てから、僕は言った。
「よく、あんなにさらっと言えるな」
「言わないと物件出てこないでしょ」
「そうだけど」
「それにさ」
奏は、九月の日差しに目を細めながら言った。
「隠してるほうが、しんどいってわかったから。半年やってみて」
三軒目に見た部屋に決めた。二階建てのメゾネットではなく、五階建ての三階。エレベーターがあって、廊下が広くて、風呂に手すりをつけられる構造だった。南向きのリビングに、ピアノを置く場所があった。
引っ越しの日、僕たちは段ボールに囲まれて、床に座って、コンビニのおにぎりを食べた。
「透くん」
「うん」
「ひとつ、お願いがあるんだけど」
「なに」
「私が、できなくなったことを、いちいち悲しまないでほしい」
僕はおにぎりを飲み込んだ。
「それは、無理かも」
「無理でもやって」
「なんで」
「私が悲しむから」
奏はおにぎりを持ったまま、ピアノのほうを見ていた。まだビニールがかかったままのピアノを。
「私ね、これから、いろんなものを落としていくと思う。箸とか、コップとか、ピアノとか、歩くこととか。その全部で透くんが悲しい顔をしたら、私は、自分が落としたもので透くんを傷つけたことになるでしょ。それは、いや」
「……」
「だから、悲しむのは私の担当。透くんは、悲しむ以外の担当」
「悲しむ以外って、なに」
「そうだなあ」
奏は考えて、それから言った。
「できるようになる担当」
僕は彼女を見た。
「私ができなくなったこと、透くんができるようになる。それって、引き算じゃなくて、移動じゃない? どこにも減ってないでしょ」
「屁理屈だな」
「理屈です」
彼女はそう言って笑った。前歯が少し大きい、子どもみたいな笑い方で。
その夜、僕は生まれて初めて、まともに卵焼きを作った。
奏が横で口だけで指示を出した。菜箸はもう、彼女には持てなかった。
「もっと弱火。焦げるから」
「焦げてない」
「焦げてる。あー、焦げた」
「香ばしい」
「言うと思った」
真っ黒な卵焼きを二人で食べた。ひどい味だった。
奏は一口食べて、「うわ」と言って、それから笑いすぎて咳き込んだ。
「これ、砂糖入れた?」
「入れた」
「どのくらい」
「大さじ二」
「入れすぎ! 卵二個に大さじ二はケーキだよ!」
「甘いほうが好きなんだよ、俺は」
「知ってる。知ってるけど限度がある」
彼女はひとしきり笑って、それから、こう言った。
「じゃあ、砂糖はひとつまみ多め。それが透くんの分量ね」
僕はそれを、メモしなかった。
覚えていられると思っていた。
その夜、僕たちは新しい部屋の、まだカーテンもついていない窓から、街の灯りを見ていた。
奏が僕の肩に頭を乗せた。
「透くん」
「うん」
「また明日」
「まだ寝ないだろ」
「言いたい気分なの」
「はいはい」
僕は言った。
「また明日」
第六章できたことノート奏
同居をはじめて三ヶ月目に、私はノートを一冊買った。
正確に言うと、透くんに買ってきてもらった。文房具屋で、いちばんシンプルな、方眼のノート。私はもうペンを長く握っていられなかったけれど、短い言葉なら、まだ書けた。
表紙に、太いマーカーで書いた。
『できたことノート』
これは、私が考えたルールだ。
毎日、寝る前に、その日にできたことを書く。できなくなったことは書かない。書けるのは、できたことだけ。
最初のページには、こう書いた。
馬鹿みたいでしょう。歯をみがいた、なんて。
でも私は真面目にやった。というより、これは真面目にやるべきことだった。
人は普通、できたことを数えない。歯をみがいたことを一日の成果に数える大人はいない。当たり前だから。当たり前のことは、意識の下を素通りしていく。
それが、素通りしなくなる日が来る。
その日が来たときに、素通りさせてきた過去の全部を惜しんで泣くのは、たぶん、いちばん損な生き方だ。だから私は先に数えることにした。まだ全部できるうちから。
ノートは、分厚いものを買ってきてもらった。三年分は書けそうな厚さだった。
結果から言えば、それでも、少し余った。
年が明けるころ、書ける項目が変わってきた。
電動歯ブラシは、透くんが買ってきた。手が動かなくてもいいように。「見守りあり」というのは、私が浴室で一人になれなくなったということだ。
それでも、私は「できたこと」として書いた。できたのだから。方法が変わっただけだ。
できないことは、書かない。それが、ルールだから。
同じ頃、私はもうひとつ、書きはじめたものがある。
ノートの後ろのページから、逆向きに書いていた。透くんには見せていない。
『とおるくんの できるようになったこと』
十一月 卵焼き(焦げなくなった)
十二月 洗濯(色物と白物を分けた)
十二月 シーツの交換
一月 私の髪を洗う(最初、目にシャンプーが入った)
一月 ボタン留め
二月 だし巻き卵(まだ甘い)
二月 爪切り
三月 私を抱えて起こす(腰を痛めた)
三月 訪問看護の人と敬語で話す
こちらのページは、増えていくばかりだった。
前から書いていくページと、後ろから書いていくページ。ノートの真ん中で、いつかこの二つはぶつかるのだろうと思った。
だから、これは私だけの計算だ。
私が一つ落とすたびに、彼が一つ拾う。落ちたものは、床に散らばったままではなくて、ちゃんと彼の手の中にある。そう考えれば、この家の中で失われたものは、実は、何もない。
誰にも言わなかったけれど、その考え方だけが、私をあの冬、生かしていたと思う。
できなくなったことの話も、少しだけしておかないと、フェアじゃない。
最初につらかったのは、字だった。
私は字を書くのが好きだった。生徒のレッスンノートに、毎回、一言ずつ書いていた。「今日のトリル、きれいでした」とか「左手、もうちょっとだけ我慢」とか。三十人分。それをやめたときが、いちばん最初の、はっきりした喪失だった。
次が、髪だった。
自分で結えなくなった。ゴムに手が届かない。透くんが結ってくれるようになった。彼のポニーテールは信じられないほど下手で、いつも左に寄っていた。
それから、靴下。
ボタン。
トイレの、ある動作。
その話をここに書くのは、やっぱり、少しだけ、いやだ。
あの日のことは覚えている。私は透くんを呼んだ。呼ぶまでに十分かかった。呼んで、彼が来て、彼は何も言わずにやってくれた。終わったあと、私は彼の顔を見られなかった。
彼は、私の頭を一回だけ撫でて、こう言った。
「今日のごはん、何にする」
その言い方が、あまりにも、なんでもない言い方だったので、私は救われた。
あとから知ったのだけれど、彼はその夜、ベランダで泣いていたらしい。私が寝たあと、一時間くらい。
教えてくれたのは、訪問看護師の宮川さんという人だった。五十代の、遠慮のない人だった。
「宮下さん、ベランダで泣いてましたよ」
「え」
「昨日の夜。私、忘れ物取りに戻ったら、ベランダで背中丸めてね。声かけようか迷ったけど、やめました」
「……そうですか」
「奏さん」
「はい」
「あれ、いい涙ですよ。あなたに見せない場所で泣くって、あの人なりの仕事なんだから。取り上げないであげてね」
私は、うなずいた。
その夜、私は彼に何も言わなかった。ただ、いつもより長く、彼の手を握っていた。
彼の手は、あいかわらず、大きくて、温かかった。
感覚は、最後まで残ります。
あの医者の言葉を、私はこの一年で、何百回も思い出した。最初は、なんて残酷な病気なんだろうと思った。全部わかったまま、全部が動かなくなっていく。
でも、途中から、考えが変わった。
これは、たぶん、そういうふうにできているのだ。
最後に残るのが「触れられている」という感覚だというのは、悪い設計ではない。むしろ、よくできている。人間の体は、いちばん最後まで、誰かに触られていることだけを、ちゃんと感じられるようにできている。
私はそう思うことにした。
四月のある水曜日、朝から雨が降っていた。
私はベッドの中で目を覚まして、天井を見ていた。となりで透くんが寝ていた。彼は寝相が悪くて、掛け布団をいつも半分持っていってしまう。
私は左手を伸ばして、彼の頬に触れた。右手はもう、上がらなかった。
彼が薄く目を開けた。
「……なに」
「起きて」
「何時」
「六時」
「早いって」
「起きて」
「なんで」
「なんとなく」
彼はうめきながら体を起こして、目をこすった。寝癖がひどかった。
「なんとなくで起こされた」
「うん」
「用件は」
「用件はない」
「じゃあ寝る」
「だめ」
彼はもう一度うめいて、それから、諦めて、ベッドの上に座り直した。
雨の音がしていた。カーテンの隙間から、灰色の光が入っていた。
「透くん」
「うん」
「私、今日、まだ何もできてないけど」
「うん」
「今日のノート、これ書こうと思う」
「なにを」
「透くんを起こした」
彼はしばらく黙っていた。
それから、ふとんの上に手を伸ばして、私の左手を握った。
「じゃあ、俺のほうにも書いといて」
「なに」
「起きた」
私は笑った。
その日の日付のところに、私は左手で、ゆっくりと、二行書いた。
そして、ノートの後ろのページに、一行足した。
四月 起きた
第七章夜の台所透
人がどこまで持つか、という話をしたい。
あまりきれいな話ではない。でも、この話を抜かして僕たちのことを語るのは、たぶん、嘘になる。
その年の梅雨、僕は限界だった。
朝は五時半に起きて、奏の体位を変えて、着替えを手伝って、朝食を作って食べさせて、薬を飲ませて、訪問看護の人が来る時間まで見て、それから会社に行った。仕事は減らしてもらったけれど、営業という仕事は、減らすと成績が減る。成績が減ると、収入が減る。収入が減ると、介護用品が買えない。
夜は七時までに帰って、夕飯を作って、食べさせて、風呂に入れて、寝かせて、洗濯をして、翌日の準備をして、寝るのは一時を過ぎた。夜中に二回、体位を変えるために起きた。
睡眠時間は四時間を切っていた。
僕はそれを、一年近く続けていた。
六月のある夜、僕は台所で、皿を割った。
ただの事故だった。手が滑って、洗っていた茶碗が流しの縁に当たって、割れた。破片が飛んで、指を少し切った。
僕はその破片を、拾わなかった。
流しの前に立ったまま、動けなくなった。血が指から流れて、白い破片の上に落ちた。
リビングのほうから、奏の声がした。
「透くん? なんの音」
僕は答えなかった。
「透くん?」
答えられなかった。
口を開いたら、何を言ってしまうかわからなかった。
「透くん。だいじょうぶ? なにか割れた?」
僕は、言った。
「うるさい」
自分の声だった。
台所は静かになった。リビングも静かになった。冷蔵庫のモーターの音だけがしていた。
僕は自分が言った言葉を、頭の中で反芻して、そして、体が冷たくなっていくのを感じた。
うるさい。
彼女に。
自分では何ひとつできなくて、僕を呼ぶ以外に何もできない彼女に。
僕はその場にしゃがみこんだ。
どのくらいそうしていたかわからない。たぶん、五分か、十分。
リビングから、音がした。
がたん、という、何か重いものが動く音。それから、ずるずると、何かを引きずる音。
僕は跳ね起きて、リビングに走った。
奏が、床にいた。
リクライニングの椅子から落ちて、うつぶせに倒れて、腕の力だけで台所のほうへ這おうとしていた。腕の力なんて、もう、ほとんど残っていないのに。彼女は五センチくらいしか進めていなかった。それでも、進もうとしていた。
「奏!」
僕は駆け寄って、彼女を抱き起こした。
彼女の額が擦れて、赤くなっていた。眼鏡が飛んで、床の向こうに転がっていた。
「なんで、なんでこんな」
「透くんが」
彼女は、息を切らして、言った。
「透くんが、返事しないから」
僕はそこで、崩れた。
彼女を抱いたまま、床に座り込んで、声をあげて泣いた。この一年で、彼女の前で泣いたのは、二度目だった。
「ごめん。ごめん、奏。ごめん」
「いいよ」
「よくない。俺、いま、ひどいこと言った」
「言った」
「ごめん」
「うん」
彼女は僕の胸に頭を預けたまま、しばらく黙っていた。それから、言った。
「透くん。ちゃんと聞いて」
「うん」
「私、ずっと、こわかったことがあるの」
「うん」
「いつか透くんが、私のことを、荷物だと思う日が来るんじゃないかって」
「思ってない」
「最後まで聞いて」
彼女は、床の一点を見ていた。
「でもね、今日、透くんが『うるさい』って言ったとき、私、ちょっとほっとしたの」
「……なんで」
「だって、ずっと言わないでいてくれてたから。透くん、一年間、一回も、しんどいって言わなかったでしょ」
僕は、言葉が出なかった。
「私、それがいちばんこわかった。この人、いつか壊れるって思ってた。私のせいで、壊れて、それで、私は自分がその原因だってわかってるのに、何もできないまま見てるしかないんだって」
彼女の声は、そのとき、少しずつ、聞き取りにくくなりはじめていた。のどの筋肉が、弱くなりはじめていたのだ。
「だから、言って。しんどいって」
「奏」
「言って。お願い」
僕は、言った。
「しんどい」
「うん」
「しんどい。もう、無理かもしれない。寝てない。会社でミスばっかりしてる。この前、駅のホームで、電車が入ってくるの見ながら、このまま全部終わったら楽かなって思った」
「うん」
「思ったあと、そんなこと思う自分が最低だと思って、それも、しんどい」
「うん」
「奏がいてくれてよかったって思ってるのは、本当なんだ。本当なんだけど、同時に、しんどい。両方本当なんだよ。どっちかが嘘じゃないんだ」
「知ってる」
彼女は言った。
「そういうもんだよ、たぶん」
その夜、僕たちは初めて、これからの話を、現実的な言葉でした。
訪問介護の回数を増やすこと。ショートステイを使うこと。僕が会社の制度を使って時短にすること。奏の母親に、月に何度か来てもらうこと。そして、いずれ来る「呼吸をどうするか」の選択について、そろそろ考えはじめること。
全部、それまで、二人とも避けていた話だった。
「透くん」
「うん」
「私、これからもっとひどくなるよ」
「知ってる」
「もっとひどいこと言うかも」
「言えばいい」
「透くんも言っていいよ」
「言う」
「うん。言って」
僕はうなずいた。
「あとね」
と、彼女は言った。
「皿は、割っていい。あれ、二人で百均で買ったやつだから」
僕は笑った。泣きながら笑った。ひどい顔をしていたと思う。
「あと、指、切ってる。血、出てる」
「あ」
「ばんそうこう、洗面所の下」
「はい」
「取ってきて、私に見せて。見るだけしかできないけど、見るから」
僕はばんそうこうを取ってきて、彼女の目の前で、自分の指に貼った。
彼女はそれを、真剣な顔で、最後まで見ていた。
その夜のノートに、彼女はこう書いた。もう字は書けなかったから、口で言って、僕が代わりに書いた。
僕はそれを書いて、それから、彼女に見えないように、ノートの後ろのページを開いた。
彼女がずっと、後ろから何か書いていることは、知っていた。中身を見たことはなかった。
その夜も、見なかった。
ただ、後ろのページと、前のページの隙間が、思ったより少なくなっていることに、僕は気づいた。
第八章最後のレッスン奏
ピアノ教室を閉じたのは、その年の八月の終わりだった。
生徒はもう、三人しか残っていなかった。私が弾けなくなってから、口だけで教えるレッスンに切り替えて、それでもついてきてくれた三人。
最後の一人は、咲希ちゃんだった。
小学四年生だった彼女は、六年生になっていた。背が伸びて、髪を短く切って、あいかわらず練習をしてこなくて、あいかわらず耳がよかった。
最後のレッスンの日、彼女は課題曲を弾いた。ブルグミュラーの「別れ」。
私が選んだわけじゃない。彼女が自分で選んできた。
「なんでこの曲にしたの」
私は訊いた。声はもう、かなり聞き取りにくくなっていた。ゆっくり、区切って話さないと伝わらない。
咲希ちゃんは、鍵盤を見たまま言った。
「べつに。なんとなく」
「うそ」
「うそじゃないよ」
「先生には、わかります」
彼女は、少しのあいだ黙って、それから、ぼそっと言った。
「……先生に、ちゃんとお別れしないと、ずっと先生のこと待っちゃうから」
私は、何も言えなかった。
小学六年生というのは、私が思っているより、ずっと大人だ。
「弾いて」
「うん」
彼女は弾いた。
左手の伴奏が少し走って、中間部で音を間違えて、最後のページで、明らかに練習不足のところがあった。でも、彼女の音は、きれいだった。この子の音は、最初のレッスンのときから、ずっときれいだった。
弾き終わったあと、彼女は手を膝に置いて、じっとしていた。
「咲希ちゃん」
「はい」
「五十九点」
「えー!」
「途中、走った。左手。あと、二十三小節目、ファのシャープ」
「うそ、間違えた?」
「間違えました」
「……ちぇっ」
彼女は口をとがらせた。私は笑った。笑うと、最近は少しむせる。
「でもね」
「うん」
「最後の、いちばん最後の三小節」
「うん」
「あそこは、百点」
咲希ちゃんは、顔を上げた。
「あそこだけ、咲希ちゃんの音だった。ほかは、楽譜の音。最後だけ、咲希ちゃんの音だった」
「……ちがいがわかんない」
「今はわかんなくていい。大人になったらわかる」
「先生」
「はい」
「わたし、ピアノ続ける」
「うん」
「先生じゃない先生に習っても、続ける」
「うん」
「だから、それだけ、言いたかった」
彼女はそう言って、それから、椅子から降りて、私のほうを向いて、深くおじぎをした。
「ありがとうございました」
私は、言った。省略しないで、はっきりと。
「こちらこそ、ありがとう」
その日の夜、私は透くんに頼んだ。
「ピアノ、弾きたい」
彼は、少し驚いた顔をした。私が最後にピアノに触ったのは、半年以上前だった。
彼は私を車椅子から抱えて、ピアノの椅子に座らせた。私はもう、一人では座っていられなかったので、彼が後ろから支えた。
鍵盤の蓋を開けてもらった。
白と黒の並びを、私は上から見た。
十四歳のときからずっと見てきた景色だ。私はこの並びの前で、人生のほとんどの時間を過ごしてきた。腹が立ったときも、失恋したときも、母と喧嘩したときも、ここに座った。
右手は、もう、上がらなかった。
左手を、鍵盤の上に乗せてもらった。
人差し指を、ゆっくりと、下ろした。
ド。
音が、鳴った。
部屋いっぱいに、一つの音が広がって、それから、ゆっくり消えていった。
私は、その音を、最後まで聴いた。
それから、次の音を押した。
ソ。
ミ。
ド。
私が作った、八小節の練習曲だった。教室の一番小さい子たちのために作った、右手だけで弾ける、単純な曲。楽譜も書いていない。頭の中にしかない。
子どもたちは、その曲を「水曜日のうた」と呼んでいた。水曜日が休みの教室で、なぜか水曜日のうた。誰が言い出したのかも忘れた。
私は、一音ずつ、ゆっくり、それを弾いた。
テンポなんてめちゃくちゃだった。音と音のあいだに、二秒も三秒も空いた。指が落ちるまでに時間がかかるからだ。
でも、私は八小節を、最後まで弾いた。
弾き終わって、私は手を鍵盤の上に置いたままにした。
背中で、透くんが泣いているのがわかった。彼は声を出さなかったけれど、支えている腕が震えていた。
「透くん」
「……うん」
「悲しむの、私の担当」
「わかってる」
「泣いてるでしょ」
「泣いてない」
「うそつき」
私は言った。
「透くん。この曲、覚えて」
「え」
「八小節だけだから。覚えて」
「無理だよ。俺、音楽できないもん」
「三ヶ月かけていいから」
「奏」
「弾けるようになったら」
私は、そこで、少し息を吸った。息を吸うのも、そのころには一仕事だった。
「弾けるようになったら、私に聴かせて」
彼は、しばらく黙っていた。
それから、はっきりと言った。
「わかった」
その夜、私は彼に、口で音を伝えた。ドソミド、ドソミレ、と。彼はスマートフォンに録音した。何度も何度も、私の下手な、かすれた声で。
あとから知ったことだけれど、彼はその録音を、そのあと、何年も消さなかった。
そして、彼がその曲を、間違えずに最後まで弾けるようになるまでには、思っていたよりずっと長い時間がかかった。
その時間は、私にとっては、少しだけ、長すぎた。
第九章水曜日の結婚式透
入院したのは、十一月の初めだった。
肺炎だった。飲み込む力が弱くなると、食べ物や唾液が気管に入る。それで肺炎になる。この病気の人が、いちばん多く経験する入院の理由だと、宮川さんが教えてくれていた。
肺炎は、二週間で治った。
でも、退院はできなかった。
入院しているあいだに、呼吸の筋肉が、はっきりと落ちた。自力で吸える息の量が、家にいたときの半分以下になっていた。夜は機械の助けを借りないと眠れなくなった。鼻に当てるマスク型の、非侵襲の人工呼吸器というやつだ。
主治医から、話があった。
このまま進んだ場合、いずれ、マスクでは足りなくなる。そのとき、のどに穴を開けて管を入れる「気管切開」をするかどうか。それをすれば、呼吸は機械が完全に代行するので、その先も生きられる。ただし、声は失われる。そして、二度と外せない。
しないという選択も、あります。医師はそう言った。
その話を聞いた日の夜、僕は病室で、奏と二人になった。
彼女は、もう、長い文章を話せなかった。単語を、ひとつずつ、区切って出す。それを僕が推測して、確認する。そういう会話になっていた。
「透、くん」
「うん」
「けっ、こん、しよ」
僕は、彼女の顔を見た。
彼女は、いたずらを思いついた子どものような目をしていた。
「いま?」
「いま」
「なんで、いま」
彼女は、少し時間をかけて、言った。
「みょう、じ、が。ほし、い」
「苗字」
「うん」
「宮下奏、ってこと」
「うん」
僕はそのとき、はじめて、彼女が何を考えているのかがわかった気がした。
彼女はずっと、自分が「返す」と言っていた。僕の人生を、僕に返すと。
でも、いま、彼女は僕から何かをもらおうとしている。
それは、彼女が僕の人生に、自分の痕跡を残していいと、はじめて自分に許したということだった。
「奏」
「うん」
「俺、指輪買ってない」
「いい」
「式もできない」
「いい」
「かっこ悪いプロポーズだな、これ」
「うん、かっこ、わるい」
彼女は笑った。笑って、少しむせて、僕は背中をさすった。
「じゃあ、俺から言う」
僕は、彼女の左手を取った。彼女の手は、細くなっていた。指の関節だけが目立った。二年前、麦茶のボトルを持ち上げようとして持てなかった、あの手だ。
「三崎奏さん」
「はい」
「結婚してください」
彼女は、うなずいた。
ゆっくりと、二回。あの、白い診察室で医師の言葉にうなずいたときと、まったく同じうなずき方で。
「はい」
婚姻届は、次の水曜日に出した。
証人の欄には、彼女の母親と、訪問看護師の宮川さんが名前を書いた。宮川さんは「私でいいの、こんなおばさんで」と言いながら、いちばんきれいな字で書いてくれた。
病院の食堂で、ささやかな会をやった。看護師さんたちが勝手に企画してくれた。紙の輪飾りと、風船と、病院の売店で買ってきたケーキ。
奏は、ケーキを食べられなかった。もう、その形状のものは飲み込めなかった。かわりに、生クリームを、ほんの少し、指先につけて舐めた。
「あま、い」
と、彼女は言った。
「うん」
「とおる、くんの、たまご、やき、より」
「あれよりは甘くないだろ」
「あれ、は、ケーキ」
みんなが笑った。
彼女の母親が、途中で席を立って、廊下で泣いていた。僕は追いかけなかった。宮川さんが行ってくれた。
夕方、人がいなくなった食堂で、僕たちは二人で窓の外を見ていた。
十一月の、早い夕暮れだった。病院の駐車場の向こうに、川があって、その向こうにマンションが並んでいて、灯りがひとつずつ点きはじめていた。
「透くん」
「うん」
彼女は、ひとつずつ、単語を出した。
「きょう、は」
「うん」
「すい、よう、び」
「そうだね」
「なんでも、ない、ひ」
「うん」
「いち、ばん、いい」
僕は、彼女の車椅子のハンドルを握ったまま、うなずいた。
「奏」
「うん」
「俺たち、水曜日ばっかりだな」
「うん」
「出会ったのも水曜だった」
「うん」
「結婚したのも水曜だ」
「うん」
彼女は、少し笑って、それから、言った。
「まだ、あと、いっぱい、ある」
あと、いっぱい。
僕はその言葉を信じたかった。
実際には、そのとき、あと十九回の水曜日が残っていた。
第十章ま奏
声が出なくなったのは、二月のことだった。
ある朝、目が覚めて、透くんの名前を呼ぼうとして、息が漏れる音だけが出た。
その日から、私の言葉は、文字盤になった。
透明な、アクリルの板。五十音が書いてある。私と彼が板をはさんで向かい合って、私が言いたい文字を見る。彼は、私の目がどこを見ているかを、板の反対側から読む。
最初のうちは、一文字読み取るのに三十秒かかった。
三日目で十秒になった。
一週間で、彼は私が「あ」を見た瞬間に「あ」と言えるようになった。
この人は、勉強はできないくせに、こういうことだけ、異様に早く覚える。
まばたき一回が「はい」。二回が「いいえ」。
これが、私たちの新しい言葉になった。
声を失って、私が最初に思ったのは、意外なことに、悲しみではなかった。
思ったのは、「まだある」だった。
目が見える。耳が聞こえる。皮膚がある。考えられる。覚えていられる。彼のことが好きだと思える。
全部、ある。
できなくなったことを数えれば、たぶん、両手の指では足りない。でも私のノートには、できたことしか書かないと決めていた。だから私はその日も、こう書いてもらった。
世界は、だんだん、小さくなっていった。
病室の天井の、しみの形を、私は覚えてしまった。犬の顔に見えるやつと、九州の形に見えるやつがある。
窓からは、駐車場と、その向こうの川が見えた。川は、日によって色が違う。曇りの日は鉛色で、晴れた日は白く光って、夕方はオレンジになる。私はそれを、一日中見ていられた。二年前の私だったら、退屈で気が狂ったと思う。
でも、いまの私には、川の色が変わるのは、じゅうぶんに大きな出来事だった。
時間が、伸びた。
これは、この病気になって知ったことのひとつだ。
できることが減ると、時間が伸びる。一日が、とてつもなく長くなる。昔の私は、一日にたくさんのことを詰め込んで、その全部を半分ずつしか味わっていなかった。レッスンをしながら次の生徒のことを考えて、ごはんを食べながらスマホを見て、透くんと歩きながら明日の仕事を考えていた。
いまの私は、一つのことしかできない。
だから、一つのことを、全部、味わう。
透くんの足音が廊下の向こうから近づいてくる、その二十秒くらいのあいだ、私はほかに何もしない。ただ、その音を聞いている。
二十秒を、まるごと。
あんなに幸せな二十秒を、私は、健康だったころ、一度も持っていなかった。
三月に入って、私は夜、眠るのがこわくなった。
息が浅くなっていた。マスクをつけていても、朝までもたない日が増えていた。目を閉じるのが、少し、こわかった。
だから私は、毎晩、透くんに文字盤で言った。
ま、た、あ、し、た。
五文字。五文字を伝えるのに、最初のころは五十秒かかった。二月の終わりには、十五秒で伝わるようになった。三月には、私が「ま」を見た瞬間に、彼が全部言ってくれるようになった。
「またあした、だろ」
私は、まばたきを一回する。
はい。
それが、私たちの、一日の終わりの儀式だった。
三月の第三週、母が来た。
母は、私の手を握って、いろんな話をした。私が三歳のときに、ピアノの前から離れなかった話。中学のとき、コンクールで落ちて、家に帰ってから三日間口をきかなかった話。父が死んだ日に、私が葬式でピアノを弾いた話。
母は泣かなかった。
最後に、母は言った。
「奏。あんた、いい人と一緒になったねえ」
私は、まばたきを一回した。
母は笑って、「返事が早い」と言った。
母が帰ったあと、私は透くんに、文字盤でお願いをした。
あ、の、ノ、ー、ト、の、う、し、ろ
彼は首をかしげた。
「後ろ?」
まばたき一回。
「後ろのページ、なんかあるの」
まばたき一回。
「見ていいの?」
私は、まばたきを二回した。
いいえ。
「まだ、だめ?」
まばたき一回。
「じゃあ、いつ」
私は、文字盤の上を、ゆっくり視線で辿った。
い、つ、か
「いつか」
まばたき一回。
彼は、それ以上、訊かなかった。
この人のこういうところを、私は本当に、好きだったと思う。
三月二十五日。
水曜日だった。
その日の朝、私は自分の体が、いつもと違うことに気づいていた。
うまく言えない。痛いわけでも、苦しいわけでもない。ただ、体のどこか、いちばん深いところにあった錘のようなものが、すこし軽くなっているような感じがした。
窓の外は、晴れていた。
川が、白く光っていた。
午前中に看護師さんが来て、体位を変えてくれて、髪をとかしてくれた。宮川さんではない、若い看護師さんだった。彼女は「今日はあったかいですね」と言った。私はまばたきを一回した。
昼過ぎに、透くんが来た。
彼は、会社を早退してきたらしかった。ネクタイが曲がっていた。
「奏」
まばたき一回。
「今日、なんか、来なきゃいけない気がして」
彼は椅子を引き寄せて、座って、私の左手を握った。
彼の手は、大きくて、温かかった。
感覚は、最後まで残ります。
あの白い部屋で聞いた言葉を、私はもう一度思い出した。
本当だった。
私はもう、指一本動かせなかったけれど、彼の手のひらの温度も、指のかたい部分も、少し汗ばんでいることも、全部わかった。
わかる、ということが、うれしかった。
午後の光が、ベッドの上を、ゆっくり移動していった。
彼は、いろんな話をした。会社の話。宮川さんが今度、孫が生まれるらしいという話。うちのマンションの前の桜が、もう咲きそうだという話。
それから、少し照れくさそうに、こう言った。
「あのさ。まだ、内緒なんだけど」
私は、彼を見た。
「例のやつ、もうちょっとで、いける」
例のやつ。
私は、それが何かをすぐにわかった。
八小節。ドソミド、ドソミレ。
「今、六小節目まで、間違えない。残り二小節。あとちょっと。だから」
彼は、そこで、言葉を切って、それから言った。
「もうちょっとだけ、待ってて」
私は、まばたきを一回した。
はい。
待つ。
いくらでも待つ。私にはもう、待つことしかできないし、待つことなら、誰よりもうまくなった。
夕方になった。
川がオレンジになって、それから、灰色になって、そのあと、見えなくなった。
窓の外にマンションの灯りがひとつずつ点きはじめた。私はそれを、彼の手を握られたまま、見ていた。
息が、少し、しづらかった。
でも、こわくはなかった。
なぜかというと、この日、私は、伝えたいことがひとつあったからだ。
それを伝えるまでは、だいじょうぶだと思っていた。
「またあした」ではない言葉を、私はその日、彼に言うつもりだった。ずっと考えていた。何日もかけて、文字数を減らして、いちばん短くて、いちばん全部が入っている言葉を探していた。
やっと見つけたのが、その日だった。
私は、目を動かした。
文字盤を、と伝えるために。
彼は気づいて、板を持ち上げて、私の顔の前にかざした。
「なに」
いつもの、彼の声だった。
私は、板の向こうの彼の顔を見た。
この人の顔を、私は、最初に見た日から、何千回見ただろう。麦茶の蓋を開けているときの顔。焦げた卵焼きを出してくるときの顔。診察室で泣くのをこらえていた顔。台所でしゃがみこんでいた背中。私のピアノを後ろから支えていた腕。
全部、覚えている。
私は、視線を動かした。
最初の一文字を、探して。
ま
第十一章開いてしまう透
その日の夕方、奏が文字盤を求めた。
僕は板を彼女の顔の前にかざして、いつものように、彼女の目を見た。
彼女の視線が、板の左下のあたりで止まった。
「ま」
僕は言った。
彼女は、まばたきを一回した。
僕は、次の文字を待った。
待った。
彼女の目が、動かなかった。
視線が、板の上を探しているのはわかった。行こうとしているのもわかった。でも、届かない。眼球を動かす筋肉にも、その日はもう、力が残っていなかった。
彼女の目は、「ま」のあたりを、ゆっくりと、揺れていた。
僕は板を持ったまま、何も言わずに待った。
一分。
二分。
彼女の目に、涙が浮かんだ。
そのとき、僕は、彼女が何かを伝えようとして、伝えられずにいることに、耐えられなくなった。
だから僕は、彼女の代わりに、言ってしまった。
「またあした、だろ」
彼女は、僕を見た。
そして、まばたきを、一回した。
はい。
僕は、板を下ろした。彼女の左手を、両手で包んだ。
「うん。また明日」
彼女は、もう一度、まばたきをした。
僕はそのとき、自分がとても正しいことをした気がしていた。
彼女の言葉を先回りして、代わりに言ってあげた。ずっと、僕はそうしてきた。蓋を開けて、髪を結って、体を起こして、言葉を継いだ。それが僕の役目だった。
あの日、僕は、彼女の最後の言葉を、代わりに言ってしまった。
それがどういうことだったのかを知るのは、二ヶ月後のことだ。
夜の十時過ぎに、彼女の呼吸が浅くなった。
アラームが鳴って、看護師が来て、当直の医師が来て、僕は廊下に出るように言われて、断った。断ったら、部屋の隅にいることを許された。
処置が続いた。
僕は壁際に立って、それを見ていた。何もできなかった。この二年、僕は彼女のためにいろんなことができるようになったけれど、そこには、僕にできることが、ひとつもなかった。
途中で、医師が僕を見た。
僕は、うなずいた。
それが何に対するうなずきだったのか、いまでも、はっきりとはわからない。ただ、そのとき僕は、うなずかなくてはいけないと思った。
人が減っていって、機械の音が減っていって、最後に、部屋が静かになった。
僕は、ベッドの横に椅子を戻して、座った。
彼女の手を握った。
まだ、温かかった。
感覚は最後まで残ります、とあの医者は言った。だから、いま、彼女には僕の手のひらの温度がわかっているかもしれない、と僕は思った。医学的には、たぶん、間違っている。でも僕はそう思うことにした。
僕は、彼女の手を握ったまま、時計を見た。
三月二十五日、午後十一時四十分。
水曜日だった。
葬式のことは、あまり覚えていない。
覚えているのは、二つだけだ。
ひとつは、彼女の母親が、僕の手を握って、「ありがとうね」と言ったこと。省略しない「ありがとう」だった。奏の言い方に、よく似ていた。
もうひとつは、焼香の列の最後のほうに、小学校を卒業したばかりの女の子が、母親と一緒に並んでいたことだ。
咲希ちゃんだった。
彼女は僕の前に来て、深くおじぎをして、それから、こう言った。
「わたし、続けてます」
「うん」
「先生に、そう言っといてください」
「言っとく」
彼女は、そこで泣いた。声を出して、ぐしゃぐしゃになって泣いた。
僕は、そのとき、この二週間ではじめて泣いた。
部屋に帰ったのは、四月の初めだった。
彼女の母親と親戚が、しばらく僕を一人にしないほうがいいと言って、順番に泊まりに来てくれていた。僕はそれをありがたく受け取って、そして、ある日、もういいですと言った。
一人になった部屋は、静かだった。
静かだ、というのは、正確ではない。音は、ある。冷蔵庫のモーター。外の車。上の階の子どもの足音。
なくなったのは、音ではなくて、「音を待っている」という状態だった。
僕は二年のあいだ、いつも何かを聞いていた。彼女の呼吸の音。マスクの空気が漏れる音。彼女が僕を呼ぶ、かすれた声。それが聞こえなくなったときのために、いつも、耳の一部を空けていた。
その耳の一部が、行き場をなくしていた。
最初の朝、僕は五時半に目を覚ました。
目覚ましは、かけていなかった。
体が勝手に起きた。二年ちかく、五時半に起きていたからだ。
僕は起き上がって、右手を、隣に伸ばした。
体位を変えるために。
そこには、何もなかった。
僕はその朝、ベッドの上で、伸ばした手を戻せないまま、しばらく座っていた。
部屋には、ものが残っていた。
車椅子。介護ベッド。吸引器。手すり。文字盤。玄関のスロープ。風呂場の椅子。
業者に引き取ってもらう手配は、していた。でも、なかなか電話をかけられなかった。
全部、彼女がいたことの証拠だった。それを片づけたら、この部屋は、ただの、独身の男が住む2LDKに戻ってしまう。
僕は、片づけなかった。
かわりに、僕は、彼女がいたころと同じ生活をした。
五時半に起きた。朝ごはんを二人分作った。会社に行った。七時に帰った。夕飯を作った。洗濯をした。一時に寝た。夜中に二回、目が覚めた。
三週間くらい、それをやった。
やっている自分がおかしいことは、わかっていた。
でも、やめ方がわからなかった。
ゴールデンウィークの前の水曜日、僕は会社の帰りに、スーパーに寄った。
特に買うものはなかった。ただ、まっすぐ帰る気になれなかった。
飲み物のコーナーで、僕は、二リットルの麦茶の前で立ち止まった。
あの日、彼女がここで手を止めた。
薬指と小指だけが、まっすぐ伸びていた。
僕は、それを笑った。
僕は、麦茶を籠に入れて、レジを通って、店を出た。
駐車場の車の中で、僕はそれを膝の上に置いた。
そして、蓋を開けた。
かんたんに開いた。
当たり前だ。ペットボトルの蓋というのは、開くようにできている。子どもでも、老人でも、たいていの人が開けられるようにできている。それが「ふつう」だ。
僕は、開いた蓋を持ったまま、動けなくなった。
四年間、僕はこれを開け続けてきた。開けて、渡してきた。
渡す相手が、いなかった。
開いてしまう。
僕にはもう、この蓋を開けることが、何の意味も持たない。
僕は、蓋を握りしめて、ハンドルに額を押しつけて、そこで、たぶん一時間くらい泣いた。
駐車場を出るときに、係員のおじさんが心配そうにこちらを見ていた。僕は会釈をして、車を出した。
その夜、僕は、はじめて、業者に電話をかけた。
それから、部屋に戻って、本棚の上に置いたままにしてあった、あのノートを、手に取った。
表紙に、太いマーカーで、彼女の字が書いてある。
『できたことノート』
分厚いノートだった。白いページが、まだ三分の一ほど残っていた。
僕は、後ろのページを、開いた。
エピローグふつうの水曜日
ノートの後ろのページは、三つの筆跡でできていた。
最初の何ページかは、奏の字だった。まだ字が書けたころの、丸くて、少し右上がりの字。
『とおるくんの できるようになったこと』
僕は、そこで、指を止めた。
四月 起きた。
あの、雨の朝のことだ。彼女が僕を意味もなく起こして、僕が「起きた」と言った。あれを、彼女は本当に書いていた。
その先は、字が変わっていた。
文字が大きくなって、線が震えていた。書くのがつらくなってからのものだ。
その先は、三つ目の筆跡だった。
きれいな、大人の女性の字。宮川さんの字だった。婚姻届の証人の欄に書いてくれたのと、同じ字だった。
ページの上に、注釈が入っていた。
『(ここから、奏さんに文字盤で言ってもらったのを、宮川が書き取っています)』
僕は、そこまで読んで、ページをめくった。
最後のページに、宮川さんの字で、こう書かれていた。
『(三月二十一日から二十三日にかけて、奏さんに文字盤で言ってもらったものです。三日かかりました。 宮川)』
そして、その下に、こうあった。
僕は、そのページを、長いこと見ていた。
ま。
彼女が最後に見た文字は、それだった。
僕は、その一文字を、「またあした」だと思った。
思って、代わりに言ってしまった。
彼女はまばたきを一回した。はい、と。
あのとき彼女は、何を「はい」と言ったのだろう。
僕がずっと考えているのは、そのことだ。
訂正できなかったのか。それとも、訂正しなくてもいいと思ったのか。
僕は、後者だと思うことにしている。
彼女は、省略しない人だった。四年間、一度も「ありがとう」を省かなかった人だ。その人が、人生の最後の言葉を、僕の言葉で上書きされて、それを「はい」と受け取った。
たぶん、彼女にとっては、どちらでもよかったのだと思う。
まいにち しあわせだった、も。
また あした、も。
同じことを言っていたのだと思う。
その週の土曜日、僕は台所に立った。
彼女のレシピノートは、シンクの下の引き出しに入っていた。ずっと開けていない引き出しだった。
だし巻き卵のページを開いた。
材料と分量が、几帳面な字で書いてある。卵三個。だし五十cc。しょうゆ小さじ二分の一。塩ひとつまみ。
その下に、小さく、あとから書き足したような字で、こうあった。
『砂糖 ひとつまみ多め(透くんは甘いのが好きだから)』
僕は、その一行を、しばらく見ていた。
いつ書き足したのか、わからない。同居をはじめた最初の秋かもしれないし、字が書けなくなる直前かもしれない。
わかるのは、彼女が、僕がいつか一人でこれを作る日のことを、考えていたということだ。
僕は、卵を三つ割った。
だしを計った。しょうゆを入れた。塩をひとつまみ。砂糖を、ひとつまみ多め。
卵焼き器に油をひいて、火をつけた。
最初の一枚は、少し焦げた。
二枚目からは、うまくいった。
できあがっただし巻き卵を、皿に乗せて、テーブルに置いた。皿は二枚出しかけて、一枚に戻した。
食べた。
甘かった。
ちょうどよく、甘かった。
僕は、それを、最後まで食べた。
ピアノを開けたのは、五月の、水曜日だった。
調律をしてもらった。半年ぶりだった。調律師さんは「いいピアノですね」と言って、それから、何も訊かなかった。
僕は、椅子に座った。
彼女がずっと座っていた場所だ。座面が、少しへこんでいる。
スマートフォンを取り出して、録音を再生した。
かすれた、聞き取りにくい声が、彼女の声だった。
『ドソミド、ドソミレ……ちがう、そこ、ミ。……もういっかい』
僕は、鍵盤に指を置いた。
弾いた。
一小節。二小節。三小節。
ゆっくり、ひとつずつ。彼女が最後にこのピアノを弾いたときと、たぶん、同じくらいの速さで。
四小節。五小節。六小節。
ここから先が、僕には長いあいだ弾けなかった。
七小節目。
弾けた。
八小節目。
最後の音を押して、それが消えるまで、僕は指を離さなかった。
部屋が、静かになった。
弾けた。
八小節、全部、間違えずに。
僕は、鍵盤の上に手を置いたまま、しばらくそうしていた。
それから、誰もいない部屋に向かって、言った。
「弾けたよ」
返事はなかった。
当たり前だ。
「六小節までじゃなくて、全部」
僕は、続けた。
「あと、だし巻き卵、うまくできた。砂糖、ひとつまみ多め。あれ、書いといてくれてありがとう」
窓の外で、車が通る音がした。
どこかの部屋で、誰かがテレビをつけていた。
水曜日の、夜だった。
なんでもない曜日。祝日にもならないし、歌にもならない。誰も水曜日に特別なことをしない。
僕は、ノートを持ってきて、ピアノの譜面台に開いた。
前から書いていくほうのページ。
最後に書かれているのは、三月十八日の日付だった。彼女の口述を、僕が代筆したものだ。
その次の行は、空白だった。
三月二十五日。彼女の最後の水曜日。あの日、僕たちはノートを書かなかった。
僕は、ペンを取った。
そして、その空白に、書いた。
それから、ページをめくって、新しい日付を書いた。
少し考えて、もう一行、足した。
ふつうに、してください、と彼女は書いていた。
僕はまだ、ふつうにできていない。五時半に目が覚めるし、隣に手を伸ばすし、ペットボトルの蓋を開けると、少し息が止まる。
でも、たぶん、いつか、ふつうになるのだと思う。
ふつうになって、なんでもない日に、なんでもないことをして、それを彼女に見せられないまま、僕は生きていく。
それは、たぶん、彼女が望んだことだ。
そして、それは、ものすごく、さびしいことだ。
両方、本当なのだと思う。どっちかが嘘じゃない。
彼女はそういうものを、ちゃんと知っている人だった。
僕はノートを閉じて、ピアノの蓋も閉じた。
電気を消して、寝室に行った。
ベッドに入って、天井を見た。
それから、隣の、誰もいない場所に向かって、言った。
「また明日」
明日は、木曜日だ。
彼女には、来なかった明日だ。
でも、僕には来る。
来てしまう。
僕は目を閉じた。
そして、次の水曜日のことを、少しだけ、考えた。
(了)